動画10 味噌汁の精霊ミソシルっシー 味噌汁ぷしゃー 後編
ちょっと過去を思い出しつつ俺は口を開く。
「そのための加入。C級に上がってマジックバッグなり買えるようになったらポイだ。一々俺がアイツの女に手を付けたって脚本まで用意してな。おい、思い出したら腹立ってきたぞ」
「あっ後少しだけお願いします。彼が人に恨みを抱いていたということは?」
「恨み?どうだろうな。人族の女にべた惚れしてた時もあった気がするし、弱者は人だろうが獣人だろうがいびってた。反撃できないよう環境作ってストレスの捌け口にするようなちっさい男だったよ。なぁ、こんな回りくどいことしなくても当人に聞いた方が早いぞ。損得勘定ができる奴だから締め上げれば秒で吐くと思うけど」
「それがそういう訳にもいかなくてですね。ジークさんは何故エルフが人里に姿を現さないのかその理由を考えたことは?」
「森が好きとか」
「確かにそういった趣向のようなものは存在します。ですが、かつてエルフは街に姿を見せていました。出てこなくなったのは人族がエルフを滅ぼしかけたから、それも勇者にあれも魔族だと吹き込んで」
「……マジか」
知らなかった。そりゃ恨む。むしろ恨まない方がおかしい。
「勇者を得た当時の王は過激でした。その力に目が眩み人類の勢力拡大を目論んだ」
「もうそいつが魔王だろ」
確かにとマルス君が苦笑する。
「身に余る力というのは人にとって毒であるようです。神は深く反省し、勇者召喚を改めた。その過程で設けられたのがこのルゼリア教会であり、エルフと人間との間で和平協定が結ばれた。が、戦争こそ免れたもののエルフの多くが納得せず人の前から姿を消した」
「当然だな」
寧ろ良心的とも言える。そして漸く話が見えてきた。
「エルフは人に恨みを抱いているのではないか。本当に勝手な話ですがそれが人側が抱いている疑念。そんな者達に”勇者”が渡ってしまっては……」
「自分たちがやったように復讐されるかもってか。呆れるくらい勝手だな」
まるで世界から弾かれたかのようなこの仕打ち。追放を経験した俺からするとエルフの方を応援したくなってしまう。
「かといって強引な手段を取ればエルフどころか神の怒りを買ってしまう」
「さしずめライエルは爆弾ってか。追放されたことを久しぶりに喜べたよ。念のために言っとくが俺を使うのはやめとけ。悪戯に刺激するだけだ。俺も会うのは御免だしな」
「はい、聖女様は理解しています。この話をしたのはむしろ近づかないでくれというお願いです」
聖女ってのが気になるが──
「町から出ろと?」
「いえ、彼らが拠点としている王都。特にロメルタの迷宮には」
「向こうからこっちに来た場合は?」
「極力避けて下さい。こちらもサポートくらいはできると思います。ないとは思いますが『フィストラル』がこの町を拠点とした場合は離れて欲しいと。生活等を教会から支給するとのことで」
「分かった。俺も関わりたくねえから従うがえらく慎重だな」
「心配性なんですようちの聖女様は」
「なぁ、その聖女」
”味噌汁の精霊 みそしるっしいいいいいいい お味噌汁ぷしぃいい”
あっ……。のりだしたせいでお腹に入れてた銀の板が当たって大音量が響いた。実は片耳に音が出る糸をつけて動画を楽しんでいたのだ。真面目に聞いてなかったバレる。眼を見開いて固まるマルス君の姿に思わず口元が引き攣る。
「あーっとマルス君これはだな」
「今の聞きましたかジークさん!」
「え?聞いた。聞いたけど」
ってかずっと聞いてたけど。
「かっ神の言葉だ!信託です。こうしてはいられません!」
「ちょっ」
有無を言わさず出ていってしまった。なんてこった。純粋無垢な青年に壮大な誤解をさせてしまった気がする。が、帰るか。
銀の板とりあげられても嫌だし、あんな勘違いすぐに晴れるだろう。パトも心配だしささっと用事こなして家で動画を楽しみたい。色々事件が起きてるみたいだがモブである俺は全スルーして生きるのだ。
Side 騎士マルス視点
信託が下った。ジークさんには申し訳ないがと全てを投げ出してマルスは駆けだした。中央、庭で剣を振る騎士団長ロアードの元へ。
上半身半裸となって筋肉を披露し、巨大な大剣を振るっている。騎士団超ロアード特徴的な黒髭を持ったダンディーな重騎士である。いつも身に着けている銀鎧が横に置かれていた。息切れしたマルスに気づいたようでその動きがピタッと止まる。
「訓練の途中だぞマルス」
「はぁはぁ、ロアード団長!至急お伝えしたいことがありましてっ俺……いや私に信託が下りました」
「馬鹿を言え。一介の信徒に過ぎないお前に下るものか。あれは聖女や」
”味噌汁の精霊 みそしるっしいいいいいいい お味噌汁ぷしぃいい”
昭和時代使用されていた携帯カセットテープを翳すマルスとそれに目を見開くロアード。そのショックは相当だと言わんばかりに彼の大剣が地に転がる。
「異界語っ!?本当に信託なのか」
「聖女の御触れ通り、『フィストラル』元PTメンバー、ジークと接触しました。その際に天より響いたのです」
「よくぞ果たした。何と美しき響きか。聖女様もお喜びになられるだろう」
渡された携帯カセットをロアードは大事に終う。
「それでそのジークという男はどうだった?」
「凡でございました。受付嬢の話ではずっとこの町に留まり、連絡も断っているというのも本当のようです」
「使える協力者にはなりえぬか」
「あっですが」
「ん?」
ジークが団長を見て”おっそ”と呟いたように聞こえたがきっと気のせいだと心の中でマルスは首を振る。
「いえ、何もありません。彼を駒として使用するのは避けるべきかと。教会の指示には従うとも言っておりました」
「そうか」
少し躊躇ってからマルスは口を開いた。
「あっあのロアード団長」
「何だ」
「勇者が死んだというのは……本当っ」
ブオンっと振られた大剣がマルスの首筋に当てられた。
「滅多なことを言うな。必ず生きておいでた。それにもし不幸な目にあわれていてもエルフが罪を被ってくれる。だがまだその時ではない分かるな?」
コクコク頷くマルスを一睨み、ロアードが大剣をガンっと地に打ち立てた。
「異界の勇者が齎すとされる神具。勇者どのは落とされた。必ずロメルタを拠点とする冒険者どもが手に入れているはずだ。人員を幾ら割いても構わない。探せ」
「はっ」
再びロアードが携帯カセットを押した。
”味噌汁の精霊 みそしるっしいいいいいいい お味噌汁ぷしぃいい”
「っくっくっく、この神の言葉、どんな意味があるのやら」
日本語を知らない彼らはそれがシリアス崩壊スイッチだと気づくことは無かった。