動画08 柴犬もちまる日記
俺が倒れたのは魔力切れのせいだろうということでメルト玉は封印。まぁ、別に強敵と闘うつもりはないので大丈夫だろう。何せ俺は安牌冒険者だし。
キャンプ地、作ったベットにゴロンとして俺が楽しんでいるのは銀の板。何かこいつがあれば外でも全然退屈しない。ダメ人間に片足突っ込んでる気がするが止められないのだ。
今、ハマっているのが俺と同じ愛犬家であろうおっさん精霊とワンコの日常映像。相変わらず言葉は分からないけど楽しめる。
茶色のモフモフした犬が可愛い。いや、うちのパトも負けてないけどなっと俺は横で寝そべるパトを撫でる。
何かわからんけど森に行ってからちょっとだけパトが懐いた。なので治療院以来、右足が解放されている。しっかりと甘噛み。魔物ってもっと狂暴かと思ったが案外大人しいものだ。いや、これが俺とパトの絆だ。
きっと俺はもうマナガルムを手に掛けられないだろう。もし遭遇したら逃げよう。大した金にもならんし、狩る必要なんてない。
「散歩か」
リードを付けてはっはっはっと舌を出して跳ねるように道を歩くワンコ。おっさん精霊の姿は見えず声だけだが景色はしっかり映し出される。
これが精霊界。実は何度か他動画で確認済みだが、舗装されていて綺麗だけど俺がいる場所よりファンタジー感が薄れ若干の近未来っぽさがある。
「何つうか進んでるんだよな精霊界って」
意外と精霊も人のような生活を送っているようだ。帰宅し、精霊が料理を始めた。腕が太いのでやっぱオジさんだ。
「料理上手いなおっさん精霊」
キャンプの精霊と合わせて精霊のオジサンは料理家なのかも。ってかマジで美味そう。信じられない高価そうな肉に、調味料を加えて野菜を和える光景に思わず喉が鳴った。
何という上級国民飯。俺、お金持ちになったら食生活レベル上げるんだ。まあ、精霊なのだ。羨む方があれだなと大人の余裕を見せた俺だったが──
盛り付けられたオワンがお犬様に運ばれるのを目撃し、笑みを消した俺の手から保存肉がポトリと落ちたのだった。
「は?」
俺よりも数段階上の食事をかっ喰らうお犬様。何この上級国民犬。うちのパトを見習え、落とした保存肉をペロペロしているというのに。
そう、これが犬だ。何の記念だが知らないがこんな高級飯を与えれば味を覚えて普段のご飯が食えなくなるのだ。分かったかオジ精霊──
ペロっと平らげた上級国民犬はフンっと鼻を鳴らした。
ばっ馬鹿なっ……この犬公食べ慣れてやがる。よく見ればコイツのボディ、コロコロだ。普段からこの食事、しかも愛犬家である俺には分かる。この表情、今日はこの程度かって絶対思ってる。何て贅沢なっ。
フラっとして台に手を付く、あれと比べりゃ俺の飯である保存肉が残飯以下じゃないか。ふざけるなと俺はアイテムボックスに手を突っ込んだ。かつて冒険した時に得た虎の子を出してやろうじゃないか最高にお高い竜の肉ってやつをな。
すくっと立ち上がったパト。分かってる、お前だけにひもじい思いはさせない。普段は明日から本気が基本方針だが、今日はいつもの俺にあらず。
すっと取り出したるはマイ包丁。それを己が顔の前でキラリと翳した。
見せよう。かつて新進気鋭と謳われたPT『フィストラル』に所属していた男ジーク。そこで雑用係として磨き上げたこの料理人ジークの腕前を。
刮目しやがれ精霊犬。そして羨め。俺達の食事事情は今日だけお前の上をゆくっ
◇◇◇
トントントンっと高速で野菜を刻み、アイテムボックスから調味料を肉に振るって下ごしらえを行う。
この掌大の収納箱は冒険者だった父の形見。容量はそんなにだけれど、時が止まって永遠に保存が効くという冒険者なら喉から手が出るほど欲する貴重品。
主に迷宮から出土し、何故かは分からないが発見者と血の繋がり持つ者しか使えなくなるという制約がある。
凡である俺がその昔、『フィストラル』という若手トップのチームに入れたのはこいつのお陰。
荷物持ち係みたいなもんでリーダーにいびられたりなどあんまりいい記憶は残っていないがその経験が俺の実力をC級に押し上げてくれたともいえる。まぁ絶対感謝はしないが。
以来、俺は一人だ。PTはもういいかと思ってしまった。
「よし、できたぞ」
パトって仲間ができたがこれから先ずっと俺はぼっち──
「じゃあ、味見させて貰うわね」
「え?」
急な声に顔を上げれば、何故か治療院のミリーさんがそこにいたのだった。