第七章 第三節 道具の意地 ※
軽装の防具を身に纏っていた。
「僕の名はジャヤンタ。この国の王子さ」
「この城は落ちる。命を失いたく無くないならそこをどけ」
その言葉を聞くと高笑いした。
「お前、何言ってるの？ 下等生物の味方なんかしてさ。でもお前なんて敵じゃないんだよね。だって俺はオヤジにはない真の天帝としての力と資格があるんだからね」
ジャヤンタの体から雷を帯びた闇の空気がじわり渦巻く。ジャヤンタは気を口からふしゅう、ふしゅるという音をたてながら美味そうに立てて煙と雷を吸収する。やがてジャヤンタから軽快な骨音が鳴り響く。次に脇に拳大ほどの瘤が生じたと思うとすぐに裂けた。瘤の裂け目からは血まみれの手が四本、拳を先頭にしてゆっくり芽生えるように生えていく。次に頭蓋骨が陥没する鈍い音次々と響かせる。左右ともに陥没した箇所にはそれぞれ目、鼻、口が生じていった。喉にも骨音が鳴り響く。左右の喉が中央の喉と直結していく。
筋肉がさらに盛り上がり、腕と足には血筋が浮き出る。表の顔は本性を現す悦楽が現となった。と、その悦楽の笑みでゆがんだ口から二本ずつ六本の牙が突如突き出る。三面六臂だ。皮膚はじわりと朱色に染まって行った。
闇の煙はジャヤンタの真の体躯をすべて認識するやいなやすぐさま鎧として具現化していく。鎧から筋が浮かび上がり、やがてジャヤンタの衣服のみならず己の血肉と一体となっていく。皮膚と鎧が融合し、脈打つ。最後に鋭利な黒の角が、闇の兜の割れ目をすり抜け赤き血を絡めながら中央の顔の額のみ一本生えていった。こうしてジャヤンタは人間を狩る時の己の姿に戻った。
鬼族が暗黒戦士に変化するときは無防備になるのだが、あまりの凄惨な変貌のため思わず王子は一部始終見届けてしまった。
「俺は闇の阿修羅なのさ、暗黒竜の血筋を引く君と同じでね」
鋼のような重苦しい声が控え室に響く。
「似ているやつって見ているだけでむかつくんだよね」
そう言いながら闇の煙のなかから六本の手にそれぞれ剣や鉾が生じる。切りつけて来る！！ 躱したと思いきや横に瞬時に飛んでいく！ 阿修羅には横に顔がある。死角がないのだ。剣で思いっきり切り付けられてしまった。
ロスタムの絶叫が廊下に木霊する！
「もう終わりかよ……でもまだまだいたぶりたいんだよね。俺の家を滅茶苦茶にしてさ、しかも俺の食い物ごときが歯向かうなんてむかつくんだよ」
さらに細かい傷が王子についていく。王子の視界が赤と白黒のみになっていく。
（死ぬんだ。俺は天魔の首を上げるどころかこんなところで死ぬんだ……）
気がつくと首つかまれ、宙に浮いていた。
「どうしたの？ もっと遊ぼうよ」
その時爆音が響き、二人は飛ばされた！
扉と壁が壊れ横の部屋も吹き飛んでいる。横の部屋は豪華な家具がそこかしこに並んでいる部屋であった。
「食糧のくせに俺の部屋を壊したな」
ジャタンタはロスタムを蹴飛ばす。
「殺す。遊びは終わりだ」
その時、ようやく印を結び終えた。王子の周りに光と闇が入り混じる閃光がほとばしる。ゆらりと立ち上がった。三面六臂の光の戦士にして闇色の鎧を纏う戦士が立っていた。
ケンに教わった禁断の呪を使わざるを得なかった。しかも詠唱時間が長いという弱点まで持っていた。
暗黒戦士の三面六臂がうれしそうにうなる。
「そうこなくちゃ。そうだよ、それだよ。もっと戦おうぜ。もっと血が見たいんだよ、俺は」
お互い剣を弾き、交わす。次に光の阿修羅の手から竜の鱗の紋様がある巨大な剣が生じた。剣の色は黒い。
さらに互いに剣を交わす。しかし、闇の王子の剣に異変が生じた。だんだん刃こぼれが生じ……一本がとうとう折れた。そして二本目が折れ、三本目の剣が宙に浮き、床に落ちた。
そしてそのまま切付けた。闇の物質で出来た鎧ごと王子を叩きつけたのだ。
呻く闇王子。さらに光の王子は角を切りつけた。普通の剣なら切断できない鬼の角をも剣は切断したのだ。
絶叫がまた廊下にこだまする。それは鬼としての死を意味する。
急速に闇の鎧が解けて元の軽装姿に戻る。ただし三面六臂の姿のままで。額には折れた角から血が奔出する。
立ち上がることすらまともに出来ない。鬼の角は力の源なのだ。
「許してくれ。死にたくない」
だが光の阿修羅は冷酷だった。
「命を弄んだ罪は重い。償ってくれ」
剣が何度も振り下ろされた。闇の阿修羅の死骸が散らばった。光の阿修羅が呪を唱える。そしてロスタム王子は元の姿に戻った。剣も元に戻る。
傷だらけのロスタム王子はそのまま謁見の間には向わず、崩れた壁を乗り越えてジャヤンタ王子の部屋に入った。
爆風のせいで散乱した薬箱もあった。『戦闘時重症の時に使用』と書いてある。
人間や獣族の血肉を使った薬――！
王子はやむなく飲み込んだ。しばらくして傷が癒えた。罪悪感が心の中に残った。
（俺も人食いだな）
部屋を出ると、いよいよ謁見の間へ通じる道の扉の前に立った。爆発の事が心配だったが、戻らず扉を開ける。
（タウスの行為を無駄にしてたまるか！）
