第四章 第一節 石炭の街
二人の子が街道を行く。その後に従者二人が。その一番最後には竜馬に乗った一人の男。
子は帽子をかぶっている。
竜馬の名声は街道にも届いているのか歓声がときおり響く。
たが人々がいなくなると終始無言のままだった。
竜馬は男の子には特に警戒を示し、唸り声を上げる。このため竜馬に乗っている王子と男の子は距離をとった。
当たり前だ。竜馬を襲った鬼なのだから。いくら姿を変えようとも竜馬は気がついていたのだ。
国境を抜ける際、関所で旅券を見せる。二人分はなんと王子のサインで近くの領事館で特別許可をもらった。貧民街出身ということにすれば住所も偽造することなどたやすい。『これから先は命の保障をせず』という覚書も書かされた。角は自分の肉体に埋め込んだ状態で二人は申請した。少ない金額ではあるがここで両替は出来た。子どものお小遣い程度の額であったが……。
国境を抜けると砂漠に差し掛かる。
五人が水の袋を手にしながら歩く。街道には乗り捨てられた車が目立った。もうサビだらけで見る影も無い。道は塹壕でも掘ったのかという状態で危険であった。
途中、鬼や盗賊に襲われたこともあったがたやすく撃退した。鬼と獣族との共同撃退は下手するとこれが史上初となるのかもしれない。鬼が同じ鬼族と戦っているのだ。頭の角を隠しているとはいえ……。同族殺しの発覚は死に値する罪である。二人の覚悟は相当なものであった。それに角を隠すと鬼族の力を発揮できず人間と同じ力となってしまう。幸い完全武装した鬼が出ないことも戦いを楽にした。真空の刃で切り刻まれる鬼や盗賊たち。太刀で一刀両断される盗賊。この盗賊や鬼の襲撃が貿易の妨げになっているのだ。
この地域の鬼が事実上支配するせいで両国は交流がほとんどできなくなっているのだ。貿易は命がけであった。
砂漠を抜けると『ジラント王国の仮の首都ポストカザンまで二百キロ』とある。ゴールが見えてきた。この標識を境に道が平坦になっている。
道をさらに歩くとそのとき一同は唖然とした。
なんと黒い煙を上げながら機械が走り抜けた。自動車ではないか!
滅びたはずの先進的文明の象徴の一つが生きている!
それだけではなかった。
さらに歩くとレールがある。故郷でも珍しい光景ではないが……。
なんと遠くから煙を出す音が!
汽笛を鳴らしながら列車が通り過ぎた。
一行はレールにそって歩き駅を見つけ途中の駅から汽車に乗った。途中の駅近くの宿屋に竜馬を置かせた。
三日はかかるであろう距離を数時間で汽車は駆け抜け、ポストカザンへ到着した。途中終点近くの駅まで差し掛かると反対側に行く汽車へ大量の客が乗っていく。郊外に差し掛かったのだ。いつのまにかみすぼらしい家がどこまでも広がる光景となっている。長屋であった。夕方で日も沈みかけていたが空が薄暗く、石炭による煤煙が深刻であることが容易に見て取れた。貨物列車と擦れ違う。線路が鉱山へ分岐している。遠くにはズリ山と鉱山の姿が見える。鉱山の近所に発電所も見えた。石炭火力でこの国はエネルギーを賄っているのだ。鉱山の向こうには煙が天に向かってなびいている。石炭火力発電所だった。
鉱山職員や鉄道貨車へ石炭を積み込む職員らの疲弊した顔が見える。
あまりの光景に呆然した三人はそのままポストカザン中央駅に到着した。中央駅の光景は郊外とは変わってビジネス街やマンションが広がっていた。この国は貧富の差が激しいことが風景でも伺えた。
◆◆◆◆
ポストカザン中央駅到着時すでに日は暮れていた。が、多少とはいえ電気がついていた。母国にはほとんどない「夜の明かり」がこの国では日常の光景となっていた。もちろん電力事情が厳しいのか電球はあらゆる場所で抜き取られていたが。両国の為替機能は失っていたので質屋にて物品を売りお金を受け取った。このお金で宿を取り、明日は王宮を目指す。鉱工業の街にして仮の首都となったこのポストカザンは魔法と科学が混在する街となっていた。魔術師が回復魔法を売りにした店があったかと思うと横には電気製品が売られていた。
タウスにとってはある意味で何もかも懐かしい光景であった。蒸気機関という点を除けば魔導物質にてエネルギーを供給していたあの時代と変わらなかった。そして王子はおどろいた。電気製品売場には画像があったのだ。かなりの客が画面を見ている。画面は技術が逆行して白黒となっていたが間違いなくテレビだった。
「王子、あれがテレビです」
タウスが説明する。驚愕する王子。
宿はどこにでもある小さなビジネスホテルであった。
それぞれ寝室に入り、疲れ果てた五人はそれぞれの部屋にて就寝する。
◆◆◆◆
タウスは過去に戻った錯覚を覚えたのか夢を見ていた。過去の自分を。まだ「サルワの悲劇」が起きる前、タウスはキャリア官僚だった。新王国誕生後は元魔族であろうが半魔族であろうが差別は絶対に厳禁であった。高度成長により次々便利で安心な生活に変わって行った。タウスは予備校に通い、国立大に入り、難関の1種試験に合格し、総理府に勤務していた。官庁街での公務員暮らし。文武両道の彼は部署での期待は高かった。一生安泰のはずだった。悲劇は任官から一年後に訪れた。
悲劇が訪れたときには首都も壊滅状態に近かった。混乱する現場。死に行く人々。崩れ行くビル。上司をほとんど失った部署でタウスにテントの中でマスコミに説明する。五階級昇進の辞令が急遽下された。上級公務員としての最初の仕事は残り少ないエネルギー事情の説明、そして輪番停電だった。次々記者から怒号が飛び交う。その記者の一人である熊人から悲鳴に近い罵声が飛んだ。
「俺達に死ねって言うのかよ! 電気通せよ!」
◆◆◆◆
飛び起きるタウス。悪夢であった。みんなは食堂室にすでに集ってビュッフェを楽しんでいた。
「久しぶりの風呂って最高」
ケンがこんなこと言うくらい辛い旅だった。
「メシも美味い」
アラは満足そうだ。
「ベッドで寝たのは何ヶ月ぶりだろう」
そうだよな、ミラ。
そんな嬉しい悲鳴の中で一人朝食を黙々と食べていた虎人がいた。
ホテルを後にし、路面電車で王宮へ向かう。衛兵に告げ、何時間も待たされる。そして閲覧室にたどりついたときにはもう夕方であった。ジラント王トゥール三世が出迎えた。
「王子様、はるばるの遠路まことにご苦労であった。そなたの親書を受け取りたい」
ロスタムはうやうやしく親書を差し出した。
「国会に審議にかけ数ヵ月後には可決か否決かはわかるであろう。その時は神聖ファリドゥーン王国にもお伝えしたい」
「はっ」
「もうひとつの親書についてだが……」
「関連する事項なので受け取ることとした。その地域は鬼族の支配地域。そなたらは停戦をもとめに来たのじゃな」
「はい」
「鬼族であるという証拠は?」
王がいうと二人は掌をぐっとにぎりしめた。体中に黒き煙が生じた後に小さな角が生じた。
「これが鬼族の証です」
二人がそろって言った。
「見返りは我々の電気製品等の貿易にダム修復。代わりにそなたらは……木材バイオマス用の間伐材にクロム鉱石か」
「はい」
「これ以上の無意味な戦いは避けるべきと判断しました」
「今まで散々人間や獣人を食っておいて、か」
「……」
「よい。かつては私も半魔にして勇者の末裔。ロスタム王子と同じじゃ」
「通商路の確保さえできれば鉄路で運ぶことが可能。そして木材バイオマスによって発電すれば公害問題も解決。わが国もファリドゥーン王国もアラビア王国も元に戻る。目をつぶるとしよう。」
「それでは!」
「大義のためじゃ。議会の議題に乗せるよう各政治家に働きかけよう」
「ありがとうございます」
「可決の保証はできない。議会制民主主義じゃからの。外務大臣に手渡して議題に乗せるとする。」
「ありがとうございます」
「鬼族の子らよ、この文明状態にまで回復するのにわが国は十年かかった。それに本当の首都へ帰還するのには魔導物質の濃度が薄れる数十年後じゃ。だから本当のあるべき姿に戻る場面を私はおそらく見ることができない。ここはあくまで仮住まい。副都なのだ。それを肝に銘じて欲しい」
「はっ」
「それに鬼族の子らよ」
「はい」
「命をかけてここに来たのであろう」
「はい。殺されることも覚悟の上です」
「我々は法治国家じゃ。そなたらを殺すわけにはいかん。それに本気ということもわかった。受け取ろう。返事の親書はこの住所でいいのだな」
「はい」
「では数ヵ月後に特使を出そう」
王宮を出たときはもう夜であった。万が一この国の暗殺者に襲われたりしないように急いで夕方の汽車に乗り込む。工場や鉱山から帰宅する人で一杯だった。終点についたのは深夜であった。『ジラント王国の仮の首都ポストカザンまで二百km』という標識を見た駅にどうにか降りることが出来た。この汽車は最終便だったのだ。
ラクシュを置いた宿に到着する。宿の傍でもの悲しげに風力モーターが鳴っている。ランプは一つあればいいほうだ。もちろんシャワーなど、ない。そこで一夜を明かした。
翌日からまた盗賊や鬼らとの戦闘を繰り広げ、無事国境に戻った。お金はジラント王国の貨幣等が貴重なのか有利な条件で交換された。
早く環をはずさないと王子が鬼になってしまうかもしれない。あるいは魔としての血が増幅されるかもしれない。鬼族の主の元へ先を急いだ。




