第三章 第二節 奪還
竜馬と分かれてしまったため徒歩、しかもタウスやケンに見つからないように町を避けて山岳部を登るという難行だった。上りきったら下山してさらに砂漠を北上。仮の町とよばれたポストカザンと呼ばれる町がある。そこにジラント王国の首都は仮移転しているのだ。
途中王子はなんども黒い枝で素振りの練習をした。とうとう、小さな樹を両断することまでできた。
「すごいじゃない!王子!!」
低速球だがボールを打ち返すことも出来るようになった。
(鬼族以外の人と遊ぶことがこんなにおもしろいだなんて……よし!)
「でもね、敵は複雑に動くんだよな~王子」
「じゃね、今度はサッカーしない?」
今度はもっと大きい黒色の玉を作り上げる。
「今度はこの玉を手を使わずに奪ってみて」
「私はハンドボールばかりやっててサッカーはあまり上手じゃないけど、このくらいならできるよ」
(簡単じゃないか!)
突進してボールを奪い、蹴るはずがかわされていく王子……。
足の甲、ひざなどでボールをぽんぽん飛ばすミラ。さらにドリブルでかわすミラ。
「だめよ。敵はすばしっこい。特にそんなスピードじゃ鬼族に一刀両断だよ」
「その通りだ」
そこにいたのは……タウスにケン!
しかも二人は竜馬ラクシュにまたがっている。
「王子の所持品使って匂いをおいかけたんですよ!」
ケンが答える。犬人なのだから当然だ。嗅覚には非常に優れている。馬から降りる二人。
「お嬢ちゃん、見事だ。だが、ここで引き返してはくれないかな。鬼族の娘よ」
ケンの口調が変わった。
「それはできないわ」
「王子の額を見なさい。私が呪をとなえたら王子の額は肉片と化すわよ」
「卑怯者め」
「私は鬼族の一派大元帥派の特使です。親書をもって和平をジラント王国に出します。できればあなた方の国々も……」
親書の印を見せるミラ。
「和平成立の有無に係わらず、親書の提出後に鬼族の村に帰ったら環は外されるわ」
「私たちは当初から攻撃には反対だったの。だからこういう行動起こしたの」
「言い訳は無用。お前のやっていることは誘拐だ。そうだろう、密偵の鬼よ」
「……」
それでも鬼の子は怯まなかった。
「それに私が死んでも王子の環は破裂するようになってるわ!」
歯軋りするタウス。さらにタウスは王子に詰め寄った。そしていきなり殴った。
「なにするのよ!」
「王子、貴方の軽率な行動がこのような結果を招いた。王族だから貴方の身分は剥奪されませんが、責任は王都に帰ったら取らせてもらいます」
タウスは鬼たちにもにらみを利かせた。
「貴方は神聖ファリドゥーン王国を救うべく、石炭から出る硫黄をもらいに、王国のエネルギー危機を救いに出た特使でしょう。特訓が嫌だからなんて理由で逃げ出すほど貴方は愚かなのですか! 王子の背中には万という民の運命が乗っているのですよ!」
「やめなさい、みっともない。原因を作ったのは貴方でしょう!」
「どんだけ無謀な特訓したの。王子なのに労働させたの? いきなり宮廷生活から荒野に出されて王子がまともに生活できるわけないでしょ。無謀よ!」
「……」
王子はこの口論に黙るしかなかった。
その口論の隙にケンが呪を放った。自分ははめていた犬人用の首輪が鬼に向かって飛んでいく。かわしきれずに、ミラの首にケンの首輪がはまった。
「娘様、その首輪は王子を攻撃したり、害したりしたときに貴方の首を攻撃します。首を飛ばすこともできます」
「よくやった、ケン!」
「ですが私も聖職者のはしくれです。もし懺悔する勇気があるのなら神殿にて告解を受けましょう。もちろん貴方の身分も命も自由も保障します」
「ねえちゃんがまずい!」
遠くで見張っていたアラが急いで呪を唱え異形の戦士へと変化する。山に骨音が鳴り響く。が、痛みが伴うこの変化が終るにはには少し時間がかかるのだ。己の角と背丈が延び、牙が伸び、鎧兜が己の身を黒で隠す。黒の刀が煙から己の手に生じた。
「出来ぬというのなら貴方の手足も縛ります」
そういうと袋からロープを持ってきてミラを縛るケン。そこに疾風のごとき速さで黒き戦士がやってきた。
ロープを器用に断ち切ったのは暗黒戦士の鬼。間に会った――!
だがケンはいくつも魔法陣を空中で描き、魔法で鬼を吹き飛ばした。巨大な無数の真空刃が暗黒戦士を飛ばす。
「私は癒しの呪文のみの使い手ではございません。戦闘のための呪文も身につけています」
少しではあるが鎧に傷がついている。だがすぐに暗黒色の鎧は修復し、傷が消えた。
「止めろみんな!」
王子の叫び。そういうと暗黒戦士の動きが止まる。
「わかりました。あなた方と同行しましょう」
「俺はタウスもケンもミラもアラも大好きだ。だから融和のために行くのならここで攻撃はしないでくれ! 約束してくれ!」
「王子……」
「僕はミラにいろんな剣術を教わったよ。球技も。だからタウスにも見せたかったんだ」
呪を唱えて鎧を解くと少年アラの姿に戻った。
「俺からもお願いだ。それと、王子……悪かった。ごめんよ。あの時お前を傷つけてごめんよ……鬼族の運命が、かかっていたんだ」
泣き崩れる少年の鬼。暗黒戦士の正体は人間の子とほとんど違いがない。
「僕だって同じだよ、アラ」
こうして五人は数奇な運命で出会い、ジラント王国の首都ポストカザンを目指すことになったのであった。




