第二章 第一節 逃避
王子は失望していた。
修羅剣が自分に攻撃したという事実を――!
竜馬ラクシュが国家の英雄になったことも――!
すっかり国民は竜馬や宮廷魔術士を英雄として賛美している最中、王子は王に呼び出されたのだ。
王は次の命令を下した。王が言うには硫黄は自然に出るものは少なくまた停電しているという。そこで石炭から出る硫黄をわが国へ輸入するようジラント王国に使節として王子は派遣されることになったのだ。今度は従者であるタウスやケンも一緒だ。
だが祝福されるのはもっぱら竜馬ラクシュであった。王子はかなり暗い顔つきで王都を後にした。
◆◆◆◆
「僅かではあるがジラント王国とは交易もあり、石炭も買っている」
タウスが国の説明をしている。
「今は自国用のエネルギー需要で手一杯のため、石炭は非常に高価だ」
しかし、王子は全く興味が無かった。
王子は国宝修羅剣に襲われたという事実が未だに忘れられないのだ。
修羅剣は今でこそ城内の宝物庫に再び保管されたのだが……。
あの光の恐怖が蘇る。
「王子! 聞いているのですか?」
「ああ……」
まるで上の空であった。
「着きましたよ。今日泊まる町です」
「まだ昼間だぞ」
「王子様、ここの職業紹介所で求職して働いてから宿泊するのです」
僧侶ケンが答えた。
(俺は王子なんだぞ……)
むすっとしながら町に入り、職業紹介所に行く。
日雇いの応募は電線の整備などであった。
「ここにも木材バイオマスで発電した電気がまもなく来ます。そのための銅線をジャンクから集めるのです。これを受けましょう」
(俺は家なし人間と同じか……)
惨事でズタズタになった銅線を拾い集める。集められた瓦礫がいまだにそのままなのだ。もう十五年もたつというのに……。
拾い集めた銅線を工場に渡す。溶かして新しい銅にし、電線にするのだ。
宿も王宮の暮らしから考えるとみすぼらしかった。
王子はますます無口になった。
宿で一夜を明かし、次の町へ。
街道には郵便局員、農作物を馬で運ぶ者、騎兵……様々な人が往来した。
途中、何度もタウスと訓練をする。やっと小さい銅の剣が扱えるようになった。王子、よかったですねとうれしがる二人。だが王子の心は晴れない。やがて二人との関係も旅するごとにおかしくなっていき、訓練もやめてしまう。
山脈のふもとにたどりついたときはもう無言だった。ここから先は鬼族もまれに出没する。
(竜馬のスピードならば一日ですむ場所になんで数日もかけていくんだ。俺は王族なんだぞ……。俺は勇者の子孫なんだ……。なのに……)
そしてとうとう王子は姿を晦した。
闇でほくそ笑む鬼がいたことも知らずに。




