表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒竜の渇望  作者: らんた
第三部 暗黒竜の絶望
78/117

第三部 作品解説

一. ドゥルジ・ナースとは


 ドゥルジ・ナース、またはドゥルジ、またはナースと呼ばれる悪魔は善神アシャ・ワヒシュタの敵対者として登場し、不義と偽りを神格化した悪魔です。しかしヴェンディダートが編纂されるころになると、ドゥルジとは「不浄」を意味し、「ナース」は死体を意味する悪魔と考えられるようになります。地獄の入り口にあるとされるアルズーラ山峡にある洞穴から、蝿の姿で飛んで来るという女悪魔として悪魔像がようやく固まっていきます。伝染病を振りまく病魔であり、かつ死神なのです。また猛禽類や犬はドゥルジ・ナースから死体を守護する者として重宝され、ゾロアスター教では鳥葬を推奨するようになりました。ジラント王はこの蝿の病魔を害虫退治で使われる「にがよもぎ」で退治しています。ロシアやベラルーシではにがよもぎが自草しています。キリスト教では黙示録によってにがよもぎは死の象徴として有名ですがそれは殺虫剤として使われる毒草だったからです。

 なお、蝿の悪魔ではベルセブルが有名ですが、ベルセブルとは何も関係ありません。

 小説では当初の悪魔像であった不義と偽りの部分を排除し、不浄の病魔ながらも実直な姿として描くことにしました。それはこの悪魔の役割があまりにも変遷しているために、当初の意義も変遷したものとして捉えることにしたからです。


二.アエーシェマ・デーヴァ(アエーシェマ・ダエーワ)


 悪魔アエーシェマは凶暴、暴力を司りヤサダ(天使)であるスラオシャ、ミスラの敵です。家畜を害し、酒乱による暴力を誘発させます。ゆえにゾロアスター教徒は儀式用の神酒ハオマ以外の飲酒は推奨されません。

 キリスト教にアエーシェマ伝承が伝わると、色欲の悪魔「アスモデウス」として有名になります。本小説では酒乱の悪魔としてではなく、アスモデウスとしての姿を描いています。すでにアシュメダイとしてヘブライ語として伝わる古代末期になると凶暴の悪魔に留まらず、色欲の悪魔として有名になりその役割でユダヤ教、キリスト教に伝わっていきました。

 本小説でも初期の暴力の悪魔に留まらず、色欲の悪魔として描かれ、さらに西方で子孫が復活する形で終らせています。これはゾロアスター教の悪魔がユダヤ教の悪魔として伝わってしまったことを意味するものとして描いたものです。キリスト教では7つの大罪、色欲を司る悪魔です。『トビト記』によると、この悪魔は天使ラファエルによってアスモデウスに取り付かれたサラという女性から離脱させ、簡単にラファエル負けて幽閉されるほどですから強くはありませんが、幽閉先で脱出しています。懲りない悪魔です。西欧近世に流行した『ソロモンの小さな鍵』や『ゴエディア』という魔法書によると、アスモデウスの姿かたちは「牛・人・羊の頭を持ち、竜に跨る」と伝えられています。本小説は近世期のアスモデウスの姿を採用しています。『ソロモンの小さな鍵』にも掲載される悪魔からもわかる通りソロモン72柱の悪魔の一柱でもあります。


三.四天王


 「四天王」とはよく聞く言葉だとは思いますが、実は六欲天(ここの最上界である第六天に第六天魔王もいます。第六天魔王とは仏教では他化自在天であり人間の「欲」を司る天魔としての役割を持っています)の初天にある須弥山頂上の忉利天とうりてんに住む帝釈天に仕える四武将のことです。阿修羅を除く「八部鬼衆」を支配する鬼の王です。特に多聞天は北方を支配する夜叉王で配下には夜叉や羅刹らがいます。「ヴィシュラヴァス」(よく聞く者)を漢字意訳したものが「多聞天」で、音訳したものが「毘沙門天」です。仏教に帰依した後の夜叉王毘沙門天は配下の夜叉らと同様、仏教を守護する護法の神となりました。広目天とは西方を守る神で千里眼の持ち主で竜王と富単那という子供の熱病を引き起こす病魔を配下に持ちます。持国天は東方の守護神でピシャーチャという食人鬼を配下に持ちます。増長天は南方を守護し、配下に餓鬼や鳩槃荼くばんだという馬頭羅刹のような鬼を従えています。いずれも配下は鬼で、鬼の主です。須弥山頂上の忉利天の東西南北を支配しますが、その鬼の主の頂点に君臨する王こそが帝釈天インドラということになります。

 四天王の出自がこのようなためか「徳川四天王」のように単に「四強」という使い方もすれば、主人公らと対立する悪の四天王という表現も多くみられます。特に漫画、アニメ、ゲームではこの傾向が強く見られます。

 なお、夜叉らは仏教に帰依した後は天部よりも高い「明王」の地位に付く者が多いということからもわかる通り、仏教では主従関係が逆転している場合がけっこう見られます。


四. 『シャー・ナーメ』(『王書』)


 『シャー・ナーメ』とは、叙事詩人フェルドウスィーがペルシャ語で作詩したイラン最大の民族叙事詩です。一〇一〇年に完成し、三十年以上の歳月が掛かったといわれています。古代神話期からサーサーン朝ペルシャ滅亡までを叙事詩で王の治世を記していることから「王書」という訳がつきました。六五一年にサーサーン朝ペルシャはすでに滅亡しており、編纂時のペルシャでは国教はゾロアスター教ではなくイスラム教ですのでイスラム色が強化されていながらもペルシャ人の民族意識のよりどころとして日本人でいう古事記、日本書紀にあたる壮大な文学が誕生しました。『シャー・ナーメ』にイマ、ザッハーク、アジ・ダハーカなどが記されています。


五. ファリドゥーンとファリードゥーンとフェリドゥーン


 『王書』を知っている方は主人公ファリドゥーンじゃなくて「ファリードゥーン」が正しい名前じゃないかと指摘した貴方。その通りです。フェリドゥーンとも言いますし、別名はスラエーオタナといいます。

 が、日本人には言いづらいのか例えばゲーム「ワイルドアームズ5」に出てくるベルーニ族四天王の一人にしてリーダーは「ファリードゥーン」という名前にしませんでした。彼の名前もファリドゥーンなんですね。この物語は一応『王書』を元にしておりますが、かなり『王書』の物語からそれる部分も多いので、厳密にはオリジナルとは違うよという意味で主人公の名を一部わざと変えた上で名前を読みやすくしています。ただし、フェリドゥーンと言っても正しいのですから、ファリドゥーンでも正しいのではないかと個人的には思うのです。


六.ビルマーヤは牝牛である


 本作に登場するビルマーヤは実母がザッハークの生贄になった母が生贄として王宮に行く直前にわが子ファリードゥーン預けた牛です。もちろん魔ではありません。ビルマーヤはファリードゥーンの育ての母で牝牛ビルマーヤのミルクでファリードゥーンは育ちました。が、実母は間一髪でザッハークの宮殿から逃れることに成功した反面、牝牛ビルマーヤは母を守るために身代わりとなって犠牲になりました。ファリードゥーンは弔い合戦とし、最後は鍛冶屋ガーウェに牝牛の飾りがある鉾を送られ、その鉾でザッハークの脳天を一撃して打ち倒しますが、神々から「死すべきときではない」と忠告されザッハークをダマーヴァンド山に幽閉するのです。

 今回は設定を逆にし、かつ牝牛に育てられるという不自然な部分を「人間の心を持った半魔族」ということにし、男の牛人にして、かつザッハーク討伐後も親子として暮らしていけるに物語を閉じることにいたしました。

 剣鉾は「牡牛の飾りがある鉾」を意識して作ったものです。勇者は「斧」よりも剣が似合うを筆者は判断したからです。


七.実はジャムジードの直系子孫だった勇者ファリードゥーン


 勇者ファリードゥーンは原作『王書』ではジャムジードの直系子孫になります。ジャムジードの息子がアースヴヤであり、その子が勇者ファリードゥーンです。したがってファリードゥーンから見てジャムジードは祖父に当ります。しかし、前巻の解説でお話したようにジャムジード王は悪魔を使役したり(一時的には強制労働を強いたダエーワ達の王にもなります。魔王ということです)、自分を神と崇めることを国民に強要したり後に冥界の王となるのですから決していい王ではありません。そっと原作でも書き記されている部分なのですが見逃せません。やはり勇者の出自にはふさわしくないからでしょうか。黒歴史なのでしょう。なので本作品は直系子孫という設定はしておりません。


八.竜に化けるファリードゥーン


 ファリードゥーンが竜に化けるという設定はオリジナルの設定ではなく『王書』に見られる描写です。小説の最後にも登場しましたが、王位についたファリドゥーンは王位継承権がある息子たち三兄弟に試練を与えました。ファリドゥーンは竜に化けて三兄弟を試すことにしたのです。結果、長男は竜におびえ逃げ出し、二男は竜に立ち向かおうとし、三男は竜を説得しようとし。フェリドゥーンは元の姿に戻ると真実を明かし、長男にはサルム、二男にはトゥール、三男にはイーラジの名を与えたという。『王書』ではけっこう有名な場面だそうです。

 しかし、なぜ勇者ファリードゥーンは竜にたやすく化けることができたのでしょう。そこがオリジナルの『王書』では書かれていないのです。そこで本小説では人間だった彼が一度魔族の侵攻によって命を落とし、半魔として竜になる力を得て、神から祝福を受ける勇者として活躍させる物語にしようと思いついたのです。

 西欧の竜伝承との違いは勇者こそ竜の姿にふさわしいという部分ではないでしょうか。


九.水天が持つ索とは何か


 仏教の水天の絵を見ると索を持っています。じつはこの索(縄)は竜なのです。水天ヴァルナは裁きの神であることを前巻ご説明しました。その裁きの時に使うのがこの索なのです。最終場面に登場するこの索と王書の伝承を今回融合させました。


十. 権現思想


 権現とは「化身」という意味です。例えば釈迦如来+弥勒菩薩+千手観音が一体となった蔵王権現というものがいます。仏敵に対抗します。怒髪天をつく恐るべき青の皮膚と牙をもった明王としての表現をもつ秘仏です。奈良にある蔵王権現が有名で二〇一二年六月に開帳しました。蔵王権現の場合、金剛薩埵(こんごうさった)と同尊で大日如来の次に来る地位の仏が金剛蔵王ですから大変偉い仏です。今回はこの権現思想を拝借し大日如来アフラマヅダー+弥勒菩薩ミスラ+水天ヴァルナという形で権現という形で登場します。ただし、権現とは日本独自の思想で他の大乗仏教やゾロアスター教にはみられません。


十一.ギリメカラ


 帝釈天は通常白き象アイラーヴァタとともに描かれることが多いです。アイラーヴァタはヒンズー教においてはわが国の帝釈天が乗る象とはちょっと違います。翼をもち、牙が左右2本ずつ持つ白い巨象で、恵みの雨をもたらす神です。しかし、ヒンズー教と対立しているスリランカだけは別でなんと帝釈天の乗る象は病魔を振りまく黒い象として描かれます。これを「ギリメカラ」といいます。スリランカは上座部仏教国で大乗仏教国ではございませんが同じ仏教であることを配慮し、今回は帝釈天が乗る象も悪鬼の対象とさせていただきました。やはりいろんな宗教的事実を鑑みて、帝釈天は恐怖の天帝と呼ぶにふさわしい立場だと私は考えます。


十二.アジダハーカが抱く実際の角の名前


 アジダハーカが持つ角にはそれぞれ「苦痛」、「苦悩」、「死」でありここは小説版としても闇の種の真の姿として登場しております。


十三.ゾロアスター教と近親婚


 ゾロアスター教は最近親婚を「フヴァエトヴァダタ」と呼び、最大の善徳と説いていました。どうもそれは魔族であるダエーワ側でも変わりがないようで神話でも子アンラマンユと母ジャヒーが交わってダエーワ最強のアジ・ダハーカを産みました。本作はその部分をカットせずに伝えることとなりました。


十四.仏教ではシヴァ神の方が帝釈天よりも地位が高い


 シヴァ神は仏教では大自在天・大黒天となるのですが大自在天は六欲天にはおらずもっと高位の色界に居てゾロアスター教のサルワ(つまりシヴァ神)とインドラが同じ階級「大魔」だった頃と比べて格段に地位が上がっています。なお、他化自在天と大自在天は別の存在ですのでご注意を。


十五.通常体・完全体・究極体について


 本作品では通常の魔よりも深い絶望を持っている者は闇の種を授かり変化を無事終えた者に限って完全体になるという設定となっています。ただし二回行うと究極体になれますが体の変化が追い付かず数日で体が溶けて死ぬようになっています。例外は三体の完全体が溶けあい互いに制御出来たときのみ永続的に究極体になれるという設定になっております。三位一体さんみいったい思想はキリスト教の専売特許じゃございません。ヒンズー教にもあるのです。完全体・究極体となった者に限り両性具有者になります。このような思想はヒンズー教に見られます。アルダナーリーシュヴァラ信仰と言いシヴァ神(右半身)とその妻パールヴァティー(左半身)が合体した神を完全体として信仰します。アルダナーリーシュヴァラ信仰はシャクティー信仰の中核です。さらにインドラが両性具有者というのはインド神話に本当にある設定です。だから本作ではインドラは美少女のように見える美男子という設定にしています。


十六.本当はシャフルナーズとアルナワーズはファリードゥーンと結婚していた


 シャフルナーズとアルナワーズはジャムジード王の娘でしたがザッハークに「囚われ」以来千年もの間ザッハークの蛇の面倒を見ていました。面倒を見るという時点で「囚われ」という部分に相当違和感を感じ本作では実は相思相愛だったのであろうとし『王書』とは異なる結末にしました。本当は虜囚の身であるこの二名はその後ファリードゥーンと結婚し妃となったのです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ