第六章 第二節 竜と竜
「我の名は『真闇種子』」
「我は苦悩の主」
「我は苦痛の主」
「我は死の主」
――すべての苦しみを安隷……闇が従えるの大地に変えん!
三つの口腔からそれぞれ呪詛のような声を発した後に紫と黒が混じる閃光がたまっていく。光の竜が閃光を吐き出し弾き返した。
光の竜が鍵爪で闇の竜の腹を切り裂く!
だが、そこから出たのは血でも臓物でもなかった。
次々と黒き色をした蠍や蛇、竜、蛙が飛び出していったのだ。
その蠍や蛇が変形し、人の形に変貌していくではないか!
「我は元人間。我は人間の死を見つめ続けた器を纏いし者。ゆえに人間の死と絶望に満ちた心を持つ魔族を作ることなど造作もない」
右の首が答えた。
ならばと光の三首竜が放った閃光が害獣らを消し去っていく。
「無駄だ。人間の苦悩と絶望の心がある限り、闇は生まれる。希望という愚かな感情が新たな絶望を生み出すのだ」
左の首の闇竜が答えた。
(ならば本体を壊すまで――!)
光の閃光を次々浴びせた。
「無駄だ。我は闇の始原。光ある限り、闇と苦悩は常に生まれる。闇の危機迫りしとき、再び闇を産む者。それが我」
中央の竜がいうやいなやなんと闇の霧とともに己の傷を修復していくではないか。
「光と闇の戦いが続く限り、人間が闇を抱く限り、闇の種は常に生まれるのだ」
――そうかい。
「ならば封印するまでだ!」
それはヴァルナの声だった。
黄金の三つ首竜の右眼が水色に、左目が黒色に変貌する。
魔法陣を描きあげると水色の光と闇がほとばしる縄ができた。
「闇の者を縛れ!!」
「そんなもので我を縛れるとでも思っているのかあぁ!」
だが闇の爪も閃光もまったく利かなかった。
「当たり前だ。人間の愚かさと竜の希望の光を同時に縫い上げた縄だからな! その縄は闇の力でもあるのさ」
竜を次々縛りあげていく。
それだけではなかった。傷口をも塞ぎ、害獣が出なくなったのだ。
三首の黄金竜が同時に六つの腕で魔法陣を六つの腕で描き上げる。
闇の三首竜が悲鳴を上げた。
洞窟の石に縛られたのだ。
「そこで悔い改めるがよい。真闇種子よ。我は闇の者の苦しみをも救う。新しき世界をここ見ているがよい。悔い改めれば我はそなたを救おうぞ」
ミスラの声だった。
「今だ! 天井に開いている空洞を塞ぎ山ごと封印するぞ!」
アフラマズダーが中央の竜の口から叱咤激励する。
そういうと光の竜は洞窟を飛び立った。
疾風に勢いで飛び上がる竜。
なんと天空の世界に似た山々が姿を見せた。
「彼らの住む世界は魔界であって魔界ではない」
アフラマズダーが中央の竜の口から答える。
「あそこは地下世界にすぎぬ」
ミスラが右の竜の口から答える。
「つまり、地上の人間の負の精神が地下世界を魔の始原にしているだけ」
「封じねば光と闇の戦いが終らない!」
怒声と共に魔法陣を描き上げた。阿修羅族の竜にふさわしき義憤。魔法陣がそのまま空洞に収まった。魔法陣に次々石が吸い寄せられていく。石は闇と水と光と炎の色を重ね合わせた虹色の魔法陣となった。
山々に魔法陣を次々解き放つ。
――これで千年は持つであろう。
アフラマヅダーの思念が勇者に声を発した。
――闇の者にも光あれ!!
天空には全土に光を照らす竜がいた。
その姿、紛れもなく光の神アフラマヅダーの化身。
魔族は穏やかな光を浴び、体に光沢が生まれる。地上の命が祝福していた。その光ははるか地中にまで及んだという。ただし、ザリチュによって植物から魔となったものは元の植物に戻ったという。
光の竜は弔鐘のごとき羽音を鳴らしながら地上に向かった。




