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暗黒竜の渇望  作者: らんた
第三部 暗黒竜の絶望
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第六章 第一節 撤退する勇気  ※

「これが、魔界……悪の根城……」


 そこには敵軍が急いで急ごしらえの砦を築いていた。


 その中心部に黒幕のテントが置かれていた。


 (中にはザッハーク、アンラマンユ、ダハーカがいる――!)


 一方黒幕のテントのそばでは……。


 「分かっておるのだろうな。ここで真の姿を見せる」


 描かれていたのは魔法陣。ザッハークは既に尾が生じ六つの腕となっていた。そう、真なる姿とは決してこの姿ではない。


 ヴィシャップに二度目の進化を施した時の同じあの魔法陣であった。


「ゆくぞ……! ヴィシャップを実験台にした成果を見せるのだ」


――高遠こうえんなる苦痛の竜よ、死を見つめ続けた高明こうめいなる人間よ! 高邁こうまいなる苦悩の竜を器とせよ!


 声に答えるや否や赤黒き血と闇の煙が充満する。闇の種の神咒しんじゅが聞こえたかと思うと二匹と一人の体に魔法陣の周りには背中の鱗には契約の証である紋章のあざが生じた。煙はやがて己の鼻腔に入り込んでいく。ザッハークとダハーカは大蛇アンラマンユに吸い寄せられていく。ザッハークは三日月の笑みを浮かべながら己のからだが吸われていく様を見届けている。

 やがて血肉をすべて吸い終わると大蛇が徐々に巨大化していった。黒幕のテントを破りさらに大蛇は巨大化した。両の膝とかかとから角が生え……脚もより堅強けんきょうなものとなり……伸びていく。大蛇が洞窟をゆるりと首を巡らせると肩から肉芽にくげが生じ、やがて肉芽が膨張し……やがてを鳴らしながら裂けた。新たに角を頂いた大蛇の頭が血をからめながら生え……樹のごとく伸びていき……きしむ音を立てながら肩幅が生じる……。両脇には四つの瘤が生じた。まもなく瘤から暗黒の鱗をまとった四本の腕が脇を突き破った。新しき四本の腕と指と爪も左右同時に生えながら成長し、嬉しそうに伸びていく。母体の腕も大きく成長する。翼は展延えんてんし……誇らしげに 闇の始原の者にふさわしい傲慢な羽音はおとを鳴らす。


 姿を見せたのは一見ダハーカそっくりのそばだつ暗黒竜である。しかし、角にはそれぞれ「苦悩」、「苦痛」、「死」と古代語で書かれていた。


 体は溶けていない。永続的に究極体となることに成功した。進化における急激な変化を制御することまで成功したのだ。完全体同士が三体同時に融合すると永続的に究極体になれることが分かった。賭けは成功した。両性具有もしっかり保たれていた。


 「ふむ、我は両手と一つの首のみ自由だ」

 

 苦悩の角を頂く中央のアンラマンユが答えた。


 「父上、私は左の首と中段の両手が自由でございます」


 苦痛の角を頂く左のダハーカが答えた。


 「ダハーカ様、死を見つめ続けた人間の心を残していただきありがとうございます。このような立派な暗黒の主の一部になることができました」


 ザッハークは死の角を頂いた右の首をひねらせ、下段の両手を何度も握り返した。


 ザッハークはダハーカの化身であるが、三位一体となった今は両者とも自由に動かせない。ザッハークとダハーカはもはや同格の器なのだ。


 「息子ダハーカの姿は所詮しょせん完全体。これこそがアフラマツダーに対抗すべき最後の手段。最後の姿にして始原の姿……これが究極体よ!」


 苦悩の角を頂く中央のアンラマンユが誇らしげに言う。

 

 洞窟中に咆哮を轟かせると軍隊がどよめいた。ダハーカの三倍の大きさはあろうかという竜が姿を現したのだから無理もないが。



 ――我の名は真闇種子マハーシューナヴィージャ。すべての闇の始原にして安息の福音をもたらすもの。わが同胞よ、我に続くのだ!


 三つの口が別の声で同時に言葉を発した。


 恐怖と歓喜が同時に沸き起こる洞窟内。魔族らも咆哮でこの声に答えた。


 戦が始まった。


 勇者が魔族軍に早速見つかってしまう。


 だが、ここにはもう友軍も人間もいない。


 (今こそ、姿を現すとき!)


 剣斧を強く握り締めると黄金の輝きが勇者を包み込む。そして巨大な光の黄金竜の姿になった。


 ――最後の戦いになるな。


 アフラの思念が答えた。


 ――救いを闇にももたらさん。


 ミスラの思念が答える。


 三位一体であってもそれぞれどの首も手も動かせるのが光の黄金竜の特徴だ。


 「悲劇を終らせるんだ!!」


 言うや否や黄金の炎が口腔に集まる。


 闇の洞窟内に光が充満する。魔族らは光とともに消え去っていく。熱風が洞窟内を吹き抜けていった。


 最後の戦いが幕を開けた。


 闇の中で。


◆◆◆◆


 魔王軍の主力は獅子の頭と腕と鷲の脚に背中に四枚の鳥の翼とサソリの尾を持つパズズが主力であった。元々はこの地を支配し、熱病をふりまく悪魔達であったが、様々な神に敗れ去り、今は族長すら大魔にもなれずダハーカ側近軍として活躍している。他には黒き翼を持つ豹の頭を抱く悪魔、蝙蝠こうもりの翼を持つ千年前にジラント王国内を襲撃した吸血族もいた。ダハーカ軍側近兵であり、中には近衛兵もいるというエリート集団であったが、仲間がなすすべもなく光の竜が発する光とともに武器ごと消え去っていく。


 そんな中、一人のパズズが闇から浮かび上がってきた。


 「聞いてくれ! 俺達の同胞が地上に何不自由なく暮らしているぞ!」


 「なんだって!?」


 「武器は没収されたが、刑罰も一切うけていない。人間と魔族が共存して暮らしている! もちろんジラント王国の魔族兵が占拠している事に変わりないが」


 「本当か? 食い物だぞ? 人間なんて。食い物と生きるのか?」


 「すまん。このまま光と共に消し去るのと、種族の存続を考えると、心が揺れる!」


 「族長!」


 族長の周りに兵隊が集まったのは残り少ないパズズ兵であった。


 「その話は本当なのだな?」


 「はい。この目でしかと」


 「そうか……」


 上を見上げる族長。


 (やはり我々は負ける運命の種族なのか……)


 「皆のものに告ぐ、白き旗を掲げて地上に出るのだ。武器を捨てよ!」


 「おお!」


 どよめきと戸惑い、絶望の声が洞窟内にひびく。次々消え去っていくパズズ軍。それを見てひょうを頭に抱く闇爪族が後を追った。


 「我の一族も種族存続にかけて撤退するぞ!」


 その声に反応する魔族がいた。


 「この裏切り者めが!!」


 吸血鬼兵が襲い掛かる。が、闇に溶ける速さにかなうわけがない。


 洞窟にいるのは吸血鬼兵だけとなった。嫉妬と無力感、憤怒と焦燥感が同時にこみ上げていく。


 「この軟弱者どもめがあああ!!」


 そう言うと竜に将軍が突入していく。それが将軍の最後の姿であった。


 将軍の後に続く吸血鬼たち。特攻を繰り広げる吸血鬼がいなくなると、そこには闇の竜が居座っていた。


「準備運動は終ったのかな? 光の竜よ。いや、アフラマヅダーよ」


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