第四章 第二節 黒の守護竜 ※
「狂気に犯された魔族よ。闇に消え去るがよい!」
それぞれの口腔に赤き光を充満させ、さらに周りの瘴気も口腔に集まっていく。三口から巨大な閃光が放たれる。
ほとんどの部隊は消え去った。
それどころかジラント王国の城下町すら消え去っていた。
これがヴィシャップの血筋。もうひとつのジラントの素顔であった。
「ナース様、部隊が全滅状態でございます!」
そこに居たのはなんと女性が武具を着た戦乙女であった。
(ギリシャ攻めは失敗か。私も処分されてしまうのか)
「サムア、逃げるのだ」
「なんですと?」
伝令兵で馬人族のサムアが驚く。
「この戦は負けだ」
サムアが俯く。
「深追いした挙句に殲滅光線を浴びてしまった。これでは我々はカザンを足がかりにするどころか逆に攻められてしまう」
閃光の破壊音が鳴り響く。
「死体をかき集めろ。我も本性を現す」
「はっ!」
「サムア、残りの兵隊をかき集めて生き延びろ。我に必要なのは『死体』だからな」
言うないなや残りの兵隊が戦死者をかき集めた。
「負傷者はもういないか!」
「これが最後の薬だ!」
兵士達が声を掛け合う。
「しんがりはサムア、お前に任せる」
「はっ!」
「決して王都に帰るのではない。お前らが行く場所は東だ。そこで大魔インドラがいる。インドラ王に従うのだ」
「はっ!」
「友好国が少ないまま戦い続けることが愚だったのだ。インドラ様が治める国々は数少ない友好国だ。そこに逃げ延びよ」
負けるのか。
「間違ってもマルダース王国に帰っても竜王子の餌となるだけだぞ。そのような姿は我は見とうない。行け! 本性を現したら私の理性も保てなくなるやもしれん! 万が一私が勝ったら私もインドラ様と合流する!」
友軍が去って行った。
戦姫が戦場に残った。
「死の天使をなめるなよ」
そう言いながら魔法陣を描きあげていくと次々周りの死体に蛆が湧いていく。さらに羽化して蝿が何万匹も生じた。
蝿は戦乙女に集まっていく。戦乙女の姿が見えなくなっていった。悲鳴が響き……やがて悲鳴は咆哮に変わった。
蝿は戦乙女の体に次々融合していく。母体とを繋ぐ神経細胞となる蝿、複眼の一部となる蝿、触覚となる蝿。蝿自身も融解しながら血肉を再構成する。己の巨大な手足となる蝿。羽そのものに変化した蝿。甲殻の一部となる蝿。己の眼球も耳も口も巨大な蝿を細胞となった蝿を通じて一体化していく。戦乙女にとって蝿とは巨大な防具であり同時に武具となった。
黒き粒からようやく解き放れた姿は巨大な蝿の姿――!
羽音を鳴らす巨大な蝿が姿を現した。
これが世界に病気をもたらす死の天使の本当の姿、大魔ドゥルジ・ナースである。
己の腕をこすり、歯が無くなった己の姿を確かめるべく、白き液を吐いた。蝿は溶かした肉を食らうのだ。
己の力を確かめた後に巨大な三首の竜に突っ込んでいく巨大蝿。
閃光をはじき返す巨大蝿がそこにはいた。蝿から出る巨大な黒の煙が閃光を無効化していたのであった。
「その力は元々ダハーカ様のもの。ならば消去できる力も存在するというもの。愚かなり! ジラント!」
そしてジラントの傍にまでやってきた。
優美な赤の翼に似合わぬ強大な暗黒の蛇。閃光での攻撃を止め、尾でなぎ倒すジラント。だが蝿はすばやく尾の攻撃をかわす。
代わりに巨大な爪を突き刺すドゥルジ・ナース。
悲鳴が響き渡る。暗黒竜の爪ではじき返すジラント。
(蝿!!)
(軍が居ない。おそらくは自分の軍隊を犠牲にして成り立った姿。どこまでマルダース王国軍はおぞましいのじゃ!)
いくらジラント王が爪や尾で攻撃してもかわされていく。
そしてとうとう隙が中央に出来てしまった。
腹部を刺される巨大蛇。さらに消化液を掛けられジラント王の体が溶けていく。
ドゥルジ・ナースが溶かした肉をなめ、己の肉体を修復させていく。
「ならばこれならどうじゃ?」
そう言うと舌の位置を変えて閃光の攻撃にも耐えた周辺の草を食べて煙を吐いた。
白い煙であった。
「なっ、苦しい!!」
「当たり前じゃ! それは殺虫剤に使う『にがよもぎ』じゃからな。だが本当に効くとは思わなかったぞ。もっとも我の体内で力を増幅させているがの」
さらに舌の位置を変える。そして白き閃光を浴びせた。
白き閃光の中で巨大な蝿と母体となった魔は消えていく。
「カザンの大地を下調べしないお前らが悪いのじゃ。にがよもぎなんてそこらじゅうに生えているわ」
満身創痍の姿でジラント王が言う。勝利したのだ。
「だが、わしはもう王国にはいられぬ。これが王としての最後の勤めじゃな」
遠い目で見つめる王がそこにはいた。
(所詮、我は法に基づいて処罰される暗黒の竜)
ジラント王は陥没音を立てながら元に戻っていった。




