第二章 第一節 憎悪の卵 ※
タルウィはかつてのミスラ神殿にいた。そこは己が滅ぼし廃墟となった神殿。己が「闇の石棺」にミスラの杖を封印した「因縁の場」の近くにタルウィは新たな命を産み落とす。元々ここの神官でしかも「男」であった身としては想像を絶する苦痛であった。
「うぐぅぅぅぅ。友から授かった命を繋ぐのだ!」
竜の呻きが廃墟に響き渡る。荒れ狂う波のように腹部が波打ち、逆流もしながら緩慢に膨れ上がる。
「ぐぶっ…………がぶっ…………ごぶっ…………ぐぼっ!」
タルウィは顎から透明な青黒き透明の液体を吐く。透明の液体は廃墟の石畳を少し溶かしていった。
やがて己の体躯から出てきた物。それは星型なのか……。どう表現してよくわからない形をした悍ましき闇色の卵であった。魔物は人間と違い驚異的な繁殖力を持つ。交わった後すぐ子孫を残せるようになっているのは、おそらく人間や神々に根絶やしにされぬよう体そのものが工夫されているのであろう。なにせ母体は元々人間や神々の体を急激に変化させたものである。魔物は容易にしかも瞬時に進化を遂げることも出来る。子孫を残すことなぞわずかな時間しか必要としないのである。
「うははぁ…………ふはぁ…………ぐはぁ…………うぐっ!」
タルウィの腹の中が勝手に蠢く。タルウィは玉のような汗を流し、呻きながらまた黒き物体が体躯から出た。
卵は一つだけではなかった。また一つ、さらに一つ己から出て行く。合計三つ……己の体から黒色のタールのような水をからめながら闇色の卵が出てきたのであった。
その後、己の体から青黒きタールが大量に流れ出す。流れ出た水溶液は廃墟の石階をも溶かしていく。白色の毒煙が廃墟に舞う。快感を伴いながら己から出た水溶液を流し終えると急速に出産にともなうタルウィの傷が癒えていく。腹部の鱗はザリチュのような赤黒き色から青黒き色へと変化した。魔たるもの出産時であっても同族にすら襲われる危険性があるため己の身を守るように体ができている事を改めて実感した。治癒力を高めるためかさらに進化した。
そんな中で絶望の咆哮がタルウィにはかすかに聞こえた。いや違う。感じたとでもいうべきか。やはり恐るべき脅威に対抗することはザリチュであっても無理であったのだ。様々な人間を魔に変え、数多なる人々を静寂なる世界に再生するという福音をもたらした有能な大魔である。ザリチュの予感は的中したのだ。己が命を落とすということに。魔界側はこの時……大いなる指導者を失ったことを意味した。
タルウィは元々人間でありながらザリチュによって静寂の世界を知り、魂を救われた魔である。その生みの親が殺されたのだ。
込み上げてきたのは憎悪――!
だが、新たな命を生み出したということは己の命を次へつなげというザリチュ最後の命令でもある。己の子に危険をさらすわけにはいかない。孵化は間に合うであろうか。三つの卵が孵った後に己も最悪……死地への旅の準備をせねばならぬ。
いや……たとえ産まれたとしても雛のままで人間どもに殺され、あるいは猛獣に食われやしないであろうか。魔物といっても所詮まだ雛。親の傍を離れた瞬間に野獣や他の魔物の餌食となる運命が待っている可能性が高い。それが力こそ全てという魔の宿命なのである。それに将来の闇の希望は彼らに掛っているのである。やがては新しき勇者を抹殺せねばならない。
(がんばれ……! わが子よ)
必死に卵を温める親がそこに居た。




