第二部 作品解説
一.マギ(司祭階級)の立場
マギとはゾロアスター教の司祭階級にいた神官です。アケメネス朝ペルシアでは、王位簒奪者のマギであったガウマータを、ダレイオス一世(ダレイオス大王)が倒して王位に就いたということからも勢力争いが絶えなかったことが伺えます。前作と本作はこのマギの歴史を取り入れ、勢力争いに加担しているゾロアスター教の神官や司祭の影の部分も描くことにいたしました。なお、マギらが宗教儀礼上行なっていた占星術や儀式が奇術や呪術も含まれていたため、マギは魔法使い(マジシャン)の語源ともなりました。なお、サーサーン朝時代のマギ(神官)はマグと呼ばれ高位神官はモウバドという別名称で呼ばれました。第一章のダエーワ・マグスはサーサーン朝時代の名称を参考にしました。
二.イマとヤマと閻魔天の関係
古代イランではイマ、インドではヤマと言われた神で日本では「閻魔天」として冥界の王にして裁きの神となります。ペルシャがイスラム教化された後に詩人フェルドウスィーによって書かれた『王書』ではジャムシードとして登場します。ジャムシード王は七百年もの間死者を出さず、名君と称えられました。やがて慢心し、呼び出した悪魔をも使役していく中で自分のなかに創造主を見るように命令し、墜落していきます。そんな中で政治は腐敗し、国が衰退する中でザッハーク王子に攻め滅ぼされていくのです。当小説ではこの部分を改変し、ライトノベル風に改め、つじつまが合わない部分は独自の解釈を加えることにしました。
三.ジラントとは
タタール語では「ユラン」、ロシア語では「ジラント」と呼ばれた竜は元々大蛇です。ロシア領カザン侵略してきた異民族に平和の教えを説いたといわれる蛇神です。以来タタール系民族の象徴となりました。ロシア帝国イワン四世によって征服され、ロシア帝国に組み入れられると、ロシア風に「ユラン」の姿を改められ、コカトリスのような手足、大蛇のような長い胴体、赤い羽毛の翼、ドラゴンのような風貌に改められました。それでもタタール系民族の守護神であることには変わりなく、カザン市のあちこちにはジラントの銅像や紋章や絵が飾られています。西洋世界ではドラゴンを善とした数少ないドラゴンとなりました。小説ではこの伝承を大事にし、平和を大事にする半魔として登場します。
四.ヴァルナと水天と阿修羅の関係
前編である「暗黒竜の渇望」作品解説ではゾロアスター教の主神アフラマヅダーはインドではアスラ(阿修羅)という悪鬼にされてしまったことをすでに説明しました。インドではこのアスラ族の眷属をすべて率いる神がヴァルナです。アフラマヅダーは太陽神だけでなく、天空の森羅万象を全て司る天空神・始源神でもありました。したがって水の恵みといったものも司っていました。古代アーディティヤ神群を代表した神で、ミスラとともにペルシャでは主神アフラマヅダーとされていきます。天空の神であり司法神でもありました。ミスラが祝福するのに対し、ヴァルナは裁きを下します。また死者も裁く神でありました。ただし、罪をl悔い改めるものに対しては優しい神であり、チャンスを授けたようです。ただし、インド人には恐怖と裁きの神として不評で、恐れられました。時代が下るに連れて、死者の裁きはヤマ神に、始源神としての地位は梵天に地位を奪われていきます。水神としての地位のみが残ったのですが、悪鬼とした阿修羅の神格のままでは都合が悪く、阿修羅族としての神格も奪われていきます。仏教に取り入れられたときは十二天の一神「水天」として日本に伝わりました。ただし、神道と習合する際に元々が天空神・始源神であったことから水天宮の祭神は「天之御中主神」としました。日本は神道においてもひそかに天空神としての阿修羅族の復権を日本の神と習合させることによって行なったのです。なお、日本では安産の神でもあります。小説では裁きの神でありながら悔い改める元アカ・マナフに対して優しく接しているのはそのためなのです。
五.アカ・マナフとは何か
アカ・マナフという語はアヴェスター語で「悪しき思考」という意味である。善神ウォフ・マナフの敵対者であり、対をなします。思考という言葉が一致していることからもわかる通り、アカ・マナフに取り憑かれた人間は善悪の判断が付かなくなるといいます。ここではゾロアスター教にとっての「善悪の判断」をさせなくしてしまう存在として小説に登場しますが、原典では悲劇の過去を持った魔ではないことに留意してください。
六.増上慢とは何か
増上慢とは偽の悟りを得たことに気が付かない者を指す仏教用語です。単に傲慢な奴、という意味ではありません。二代目タルウィは殺生で持って人を闇の世に返すことで安息を得るとしたのですが仏教はたしかに空になることを最終目標にはしておりますが殺生は悪です。したがって「増上慢」の状態です。もちろんゾロアスター教側の眼から見ても闇落ちは明確に悪ですから仏教用語でいう「増上慢」の状態です。
七.シヴァやインドラが見せる畏怖の悍ましさ
解説ではあえて触れませんがシヴァやインドラが見せる「バイラヴァ」(畏怖淫欲相)となった時の悍ましさを文学に落とし込みました。バイラヴァはチベット密教にも伝わりました。「バイラヴァ」の状態になると梵天つまり創造神ブラフマーをも殺せるという設定になっております。なお上座部仏教やチベット密教以外の大乗仏教では「バイラヴァ」は伝わっておりません。
八.有頂天とはどこにあるのか?
無色界の最高天、非想非非想天の事を有頂天と言います。あらゆる世界の頂点に達します。よってインドラ達が支配する欲天のはるか頂点ですので彼らが有頂天になるのは滑稽にして皮肉ということになります。
※なお『王書』の全て及び大魔アエーシェマを解説してしまうと、第三部のネタバレになるので、これら解説は第三部にて行ないます。




