第八章 第一節 水天の真意
神殿には一人の男が立っていた。黄金の竜の鎧に身をまとった男である。その男の目には左は暗黒のような深き黒の目、右が水をたたえたおだやかな瞳を光らせていた。
男の下には白き獣が横たわっていた。さらに少し遠くに少女の裸体が転がっていた。しかも、その少女は傷一つ無く生きていた。
◆◆◆◆
「目覚めたか。祝福されし人の子よ」
古代の武人が答えた。
「なぜ……生きている。俺はなぜ生きているのだ……」
「そなたは本意で暗黒竜になったのではない。それに魔と人が共存する世界に生きるすばらしさを知っている。だから、裁きで持って非魔として生かすことにした。」
「なぜ我を殺さぬ……! ヴァルナ!」
裸の少女が呻きながら答える。
「竜の子よ、その子に服を着せてあげなさい。服は神殿の奥にある」
ヴァルナにそう言われると、ファリドゥーンはそのまま奥にある古び、石になりつつある服を持ってきた。
「よい」
そう言うと服に光を浴びせ、黄金色の服となった。
白竜は彼女に服を着させた。
「アカ・マナフだったものよ。そなたは魔としての肉体は滅びた。我は死と再生と命と水の神よ。裁きを与えることが使命ではない。そして、我自身も裁きを受けた。暗黒竜は憎しみのみでそなたを魔にさせたであろう。しかし、深淵の暗黒世界に入って安息は得られたか? 違うであろう。そなたは利用されただけ。こうして光と闇の戦いに加担させられている」
「違う! 我自身の意志で選んだ! そしてこの闇の福音を広めるために魔となった」
「ならばなぜ悲しみを音楽に載せるのだ、少女よ? それは人間の愚かさを知っているからではないか。だから希望よりも、光よりも暗黒の安息を選んだのであろう。それに魔になった本当の理由は我に対する復讐であろう? そう言った人間を増やしたのは我に責任がある」
少女は何も答えられない。
「ささいな罪人を裁くことによって、人間に憎悪を与えてしまった。だから力には力をという無秩序な世界を作り上げてしまった。そして新しき神々に追放されたのだ。その罪を受け入れることにし、我は眠りに付いた。だから、そなたの憎しみを受け入れることとした。ただしその前に、そなたの親らは転生させることとした」
(――なっ!)
「我は水の神ぞ。命を育むのも水ではないか」
「命を弄ぶのか! ヴァルナ!」
「すまぬ。そなたにはこのような贖罪しか出来ぬ」
「白き竜の子よ、我はこのように無慈悲だ。そなたをも白の竜に変えてしまう者だ。そして、残念ながらそなたに鉾を与えることは出来ぬ」
「そう……ですか」
「なぜならそなたはアカ・マナフに負けたではないか。残念ながら試練には失敗したとみなさなければならない……ただし、竜鱗の剣なら与えようぞ」
「竜鱗の剣?」
ヴァルナが持ってきたのはまたもや石と化していた剣であった。
「この剣に修羅剣の光を浴びせると、本来の『竜鱗の剣』として復活する。竜の鱗が柄に使われている。刃自体も竜の鱗を徹底的に磨き上げたものだ。別名、『竜殺しの剣』という。この剣はすべての竜を統べる王の象徴。鉾よりも由緒正しきものだ。復活させればそなたを認めよう」
(これが、竜鱗の剣……)
「鉾をそなたに貸し与える。何、元々我は水の神のみならずすべての竜の王だったのだ。アジ・ダハーカ、アンラ・マンユらは我ら阿修羅に反逆すべく人間が召喚した竜よ。竜とは元々水と火を司る精霊なのだからな。それにその剣には竜の力を含めている。そなたの剣も魔法も竜と同等の力となるであろう」
「え?」
(ということは、暗黒神は人間が呼び出した?)
「そうじゃ」
(心が読まれた――!)
「人間はかなりの割合が水で構成されておる。水の神である我は人間を初めとする生き物の心を読むなどたやすいこと。いちいち驚くでない」
黄金の鎧をまとったヴァルナから石の剣が渡された。
「ありがとうございます」
「そなたが修羅剣、ミスラの杖、ヴァルナの鉾をすべて集めたとき、我々三柱神の真の姿を見せようぞ。元々は一つの神だったものが、暗黒神誕生のために力が弱わったせいで三つに分裂したのじゃ。それが今の我の姿じゃ。一つになった時、その時こそ暗黒の根源を打ち破るとき」
三柱神の真の姿……。
「修羅剣はカーグ藩王国にある。闇の者に『闇の石棺』に封印されてしまった。しかし、闇の者も大魔とはいえ元人間。今回のように打ち破ることができるはずじゃ。今回、鉾があれば容易なことじゃが、今回は試練ということもあり、一切手は貸さぬ。鉾を手にする者であることを証明してみせよ。そのくらいでなければ暗黒は打ち破れぬ」
「はい、神様」
「それでよい」
「待て! 勝手に話を進めるな。私はどうすればよいのだ!」
少女が悲痛な叫びを上げる。
「我が憎ければもう一度魔となって戦いに挑んでも良い。人間として再出発するのもよい。そなたの親の生まれ変わりの子孫はこの近所のカラチの街にいる。人間というのは魔と違い寿命が短いのじゃ。いい加減、過去に生きずに未来に生きればどうだ、光の衣を纏いし少女よ。そなたは肉体が少女のままではないか? 親と共に暮らすのがそなたの願いではないのか? 闇を求めるのならばその衣はそなたを攻撃する。いい加減、素直になったらどうだ?」
ふっと笑う。
「すべてはそなたの自由じゃ。この珠をそなたに預ける」
それは水色の珠であった。
「これはそなたの親の生まれ変わりが近くにいれば点滅する珠に変えたものじゃ。もし、親にあえればそなたの願いと我の贖罪は終るであろう。延々と続く復讐も終るであろう」
――それに……。
「出来ればこの神殿で新しい命を祝福する巫女になってはくれるか。少女よ。この神殿で我を一生恨み続け、監視し、ずっと戦ってもよい。もう一回我を封印してもいぞ。即答はせぬでいい。ずっと我を恨むのならそれも人生。ただし、人の命は短いぞ。どれがいいか、すべては魔のときと同じ自由じゃ。自由と責任と罰はすべて表裏一体じゃ」
空を見上げながらつぶやくヴァルナ。
それを聞いた少女は泣き崩れた。憎しみと悲しみ、そして嬉しさに溢れながら……。
そして、少女は何も言わずに神殿を後にした。水天の好意に涙を流したのであった。少女はカラチへ向かった。
新たな生を全うするために――!




