第六章 第三節 決心
「お父さん……」
「話は聞いた。どうだ。俺の過去を聞いて、俺の姿を見て怖くなったか?」
(……)
「王は私を、そしてお前を利用している。王の言葉はきれいごとにすぎない。要は国の犠牲となれと言っているのだ。正直、私も嫌だった。だが自分のような犠牲者をこれ以上生み出さないようにとあえてそれにのった。一度は死んだ命だ。だが心が復讐の鬼になっていた以上、心も魔となっていた。だから己に負けたのだ。お前というわが子に等しい存在を殺されるのが悔しかった。それが復讐という心を生み、それにふさわしい姿となっただけだ」
(……)
「本気になれば一国の魔王になることも出来ただろう。でもそれはしなかった。いや、出来なかった。人間時代の優しさや希望、友情、愛情、様々なものが大切だったからだ。だから私は半魔になったあとも、人間の宗教を信じ続けた。だが、心からそれを実行しないとダメなのだ」
(そうだ。魔でも人の心は持てる)
「この場から逃げる選択肢に与えられたことも聞いた。だがそれでは憎しみに囚われたときにお前は俺と同じ姿になるぞ」
(あの姿に、俺はなるのであろうか)
「よく考えて、決心するのだ、わが息子よ」
それから数ヶ月が経った。
王室図書館で国の法律や歴史を勉強した。実際にマオら近衛兵と一緒に王宮に隣接する国会を見た。
「議会の様子はくじに当選すれば誰でも見られます。もう30回以上はくじを引きましたよ」
マオがうれしそうに言う。
議会の様子はすごいもので人間も半魔も魔もいた。議題に上っているのは雇用税徴収の題だった。失業した人や難民のために職業訓練校という学校を作ろうというものだった。今までは農業だけだったが、それに工業もいれようというものだ。木札で投票が行なわれ、可決された。「お席」と呼ばれる場所でジラント王が捺印をする。そこには王の威厳などなかった。
誰もが責任を持って国を運営しているのが分かった。圧巻であった。
やがて祭りがやってきた。ミスラ祭の3日前に議員を選挙で選ぶのだ。それまでは一ヶ月間馬車で候補者が絶叫をあげながら公約を演説する。各地に人だかりができる。拍手、罵声、応援、様々であった。
結果は各地の掲示板に掲載される。引換券とともに名前も記入せずに投票する。候補者の記号に○を記入する。三日後、ミスラ祭当日に投票結果を国民が総出で祝う。出店がやってきて遊牧民族がサーカスをする。新たな国の門出を祝う日なのだ。三年に一回の「祭り」で半数が選挙で選ばれる。任期は六年だという。議会は一院制だという。
「この国はいったい……幻なのだろうか……」
「ええ、幻です。戦時になれば一時的にジラント王がすべて権限を握ります。この夢を消さないのが我々の仕事です。」
マオは真顔で言った。
決心した。決心は固かった。
この国に父親同様身を捧げることにしたのだ。
それからというものの、近衛兵や父ビルマーヤの特訓が始まった。
敵を瞬時にナイフで殺す方法、相手の国の言語、簡単な魔法もだ。
月日はさらに三年がたった。ファリドゥーンは十七歳となっていた。
出発の時だった。己の存在を審判にかける日がやってきた。
途中の街で同じ業務に就いているものと合流し、任務に付く。それが大人になったファリドゥーンの生業だった。
王宮を離れ、鎧を身にまとい去っていく。もう父親とはしばらく会えない……。
涙の出発の時だった。
ファリドゥーンの姿が見えなくなるとビルマーヤは近衛兵に囲まれた。
「約束だ。よく育ての息子を洗脳してくれた。減刑だ。国王の恩寵によりビルマーヤを終身刑に減刑する。収監先は王宮牢獄とする!」
逮捕状を読み上げたのはあのマオだった。
「王はせめてお前の囚人としての姿をみせぬよう配慮したのだ。お前の働きぶりによって命は刈り取らない。感謝するんだな」
泣きながらマオは言った。やはり後ろめたかった。ビルマーヤもその場で泣き崩れた。




