第六章 第二節 再び親子との生活
生まれてはじめての牢獄生活は数日で終った。しかし、衛兵に呼び止められ、謁見の間に連れて行かれた。
「王がお前に話があるとおっしゃっている。行くのだ」
衛兵に連れて行かれたのは一般人には入れない王の謁見の間。
そこにいるのは巨大な黒蛇で赤き鳥の翼を有す優美な蛇であった。
「少年よ、わが名はジラント王という。このような場に呼び出してすまぬ。驚いただろう。だが緊張せずともよい。国王からの願いを聞いてもらいたくこの場に呼んでもらった」
これが、ジラント王。
「我は父方が赤き竜人アルトゥス、母方がアジ・ダハーカの化身ヴィシャップを祖先としている。つまり、そなたと同じ半魔じゃ。いや今はもうほとんど魔だがな。表向きは国王たる我はアジ・ダハーカの血を引くため、わが国を攻めることは出来ぬ。したがって表向きは友好国じゃ。しかし、何度も人間や半魔の難民を受け入れている事からマルダース王国側は快く思ってはいない。だからときおりこうした隠密行動で難民キャンプを攻めてくる」
(表向きは……)
「かつてそなたと同じように少年屯田兵でありながら、アジ・ダハーカ軍に殺されかけたものがいた。それがお前の育て親ビルマーヤじゃ。ビルマーヤは元々牛耕担当の子じゃった。お前と同じように魔の水を飲み、さらに別の魔の毒に犯されていた。隊長がここに連れてきたときは危篤状態で、魔物として生まれ変わろうとしていた。触手も次々腹から生え出ていた。数日後には隊長も傷が元で死んだ。そこで未来ある少年に命を与え、別の魔とすることにした。幸い、魔の毒は融合し、新たな命になることができる。失敗すればただの肉片となって飛び散る。そこで私は成功しやすいビルマーヤを選んだ。そなたと同じじゃ」
(賭けに出たのか)
「惨酷だと思うか? 少年よ?」
黙る少年。
「魔は自分の姿を映す鏡。自分がそのときなりたい姿を具現化する。彼の姿は牛人じゃった。牛を友としていたから」
(そう……なのか)
「それから表向きは難民キャンプの隊長という任務でありながら、裏では迫害されている人間を連れてくるという危険な特別隠密兵として任務についた。いずれはダハーカ暗殺の任につくはずじゃった。お前もこの国に連れてこられたものじゃ。お前は地下の『人間牧場』で魔の餌になっていた。それをビルマーヤが赤子のお前を救い出すために連れてきたのじゃ。じゃがうかつだった。心も魔になっていってしまったのじゃ。特に怒りが爆発したとき、彼は巨大な黒獣竜となる。その姿を知ったのはこの謁見の間にある水晶球で確認しただけじゃ。彼が本性を現したのは実は今回がはじめてじゃ。だからミスラ神殿やまして裁きの神ヴァルナ神殿に行って、己の存在を裁きと祝福にかけることは出来なかった。今となっては悔やむべきじゃ」
(特別隠密兵……)
「そこで、そなたにビルマーヤの指導を王宮内で受け、一人前の戦士となったあかつきにはヴァルナ神殿に行って己の存在を確認してもらうことにした。もし、受け入れてもらえるならばヴァルナの鉾を借り受けることができるじゃろう。その鉾でもって今は奪われたミスラの杖とアフラの剣を取り返せば支配している魔を追放し、新たにわが国同様魔も人も共存できる国にするつもりじゃ」
(僕が、特別隠密兵……)
「無理にとはいわん。そなたの父は本当の父ではない。じゃが、育ての父の意思を受け継いではくれぬか?」
(……)
「正規軍で攻めたところでこちらが数日のうちに滅ぼされるのがオチじゃ。それに決定事項はすべて議会にある。この国は最低限度の軍備以外はもたぬ。なぜだが勉強はしたな?」
「はい」
「この国は軍事にお金をかける代わりに開拓や教育にお金をかける。戦争は極力避けることにしている。もちろん軍備は持っているがそれは防衛のためだけじゃ」
(そうだった。この国の軍事はあくまで防衛のため)
「それにあちらはたった一人の人間で魔の王国を滅ぼした歴史を持っている。わが国もじゃ。それが父方の祖先アルトゥスであり、滅ぼされたのは母方の祖先王女ヴィシャップじゃ」
「その役をお前が担ってほしい。」
(――!!)
「心の痛みは半魔なった者にしかわからぬじゃろ」
(そう、だよね)
「国父アルトゥスの心の痛み、国母ヴィシャップの心の痛み、育ての親ビルマーヤの心の痛み、そして国父と国母の願いをうけとめたアジ・ラーフラの願い……。なにより、その子孫である私の願い。すべて兼ね備えているのはそなただけじゃ。めったなことでは人間を魔にはせぬからの」
(僕は、選ばれた?)
「よく考えるのじゃ。好きなだけ王宮の本をよむといい。ここを我が家だと思って使ってかまわん。さすがに宝物倉と国家機密に関わるものはだめじゃが。その間、ビルマーヤも監禁から軟禁にしよう。じゃが、逃げ出したら親子ともども我が抹殺する。許可は議会から取ってある」
それを聞くと目の前の竜が一気に暗黒竜に見えた。
「どうしても嫌だというのならそなただけ王宮から離れてもかまわん。農場で税を納め、国庫に返す人生も悪くなかろう。その間にもお前のような犠牲者は出るがな」
王が手を叩く。
「部屋を用意してくれ。客室じゃ。それも上等のじゃ」
王の命令に衛兵たちは素直に答えた。
牢から開放されたビルマーヤが案内された客室にそれはいた。
「お……とうさん?」
すべてを殲滅したという暗黒の竜がそこにいた。
人の姿で……。




