第三章 第一節 絶望の大陸 ※
大魔アエーシェマは人間に憑依し、性欲や暴力の限りを尽くすことを得意とする悪魔である。人間同士の欲望を引き出すだけでなく、己の欲望を満たすべく人間に乗り移ることも常時であった。もちろん魔の姿のままであっても殺戮も性欲の限りをつくす。これが東方の欲天の正体であった。もっとも東方では神である以上節操が求められるので、他の大魔同様に欲を満たすときはこうして絶望の大地で行なっている。
破壊神シヴァ、真名であるサルワが欲天の王であった。サルワは彼のような存在を破壊と創造のために手元においてある。ゆえに東方の人々も第六天を天魔と呼ぶのである。
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大魔アエーシェマは牛の首、中央に人の首、右の羊の首からそれぞれ血の色をした霧を噴き出していた。霧の勢いはすさまじく、アエーシェマの姿を隠すどころか、あっというまにジャムシードの街を霧が覆いつくした。アエーシェマにとってこの街を欲望と無秩序の街にすることなど容易であった。やがて人間達が強盗を始め、労働をやめ、性の別に関係なく人間が人間を犯し始めた。そこはすでに人間界の光景などではなく、力あるものがすべてという掟である魔界と同一の光景であった。
(では、我は主の下に帰らず、次の街も侵すことにするか)
下卑た笑いを霧の中で撒き散らしながら西へと飛竜を駆り立てる。
一方、異形のものとなった王子は魔の者として討伐隊に追われ、今はイマ王がいるジャムシード王国にいた。ジャムシード王国はアラビア半島まで勢力を伸ばした敵国だがすでにペルシャの大地から追われていた。この国を殲滅し、ここを拠点にして再びマルダース王国に攻め入るためにここにやって来た。
この国の国民は死人であった。基本的にある王の在位からすでに七百年以上も生きていたという。死人同士で交わり、生まれた子も死人となるのだ。国民は互いに2匹の暗黒魔竜に死なせてくれと懇願していた。中には捕虜になったマルダース王国の魔族も殺された上で改めて死人にさせられていたものまでいた。攻撃しても死なない死人達。哀れと思いつつも二匹は死人に向かってブレスを吐くが、死人は完全に焼却しない限り何度でも起き上がる。魔物であるがゆえに、二匹は炎を吐くごとに飢餓感が増すが、死人の肉は魔にとって毒であった。吐き捨てる二匹。王子は千の魔法によって殲滅させるもののあまりに数が多く、また死体が復活していく。完全に消滅させなければ彼らは復活してしまうのだ。
そこでザリチュは昼間、わざわざホルムズ海峡を渡りペルシャ大陸で人間を狩り、夜にジャムシードにて二匹で食すこととした。さらにザリチュは実践で鍵爪を切り裂く方法、尾でなぎ倒す方法、翼の展開、不気味な咆哮を上げる方法、牙で獲物をしとめる方法、舌の位置を変え、毒の霧や眠りの霧を出す方法を実践で教えた。傷だらけのタルウィを癒す魔法もかけてくれた。
タルウィが本来持つ、人々を眠らせる息と実は毒草をも生み出す息は復活させることに成功した。実践だけに命を落とす危険が高かっためか上達は逆に前の少年よりも早かった。
ザリチュは閃光ほとばしるブレスを吐き、初めて殲滅に成功した。こうして死の国イマ王国の攻略は進んでいく。ただ、めったに閃光は吐けない。そこでタルウィにも教えるところだが、タルウィには一瞬で大量殺戮できるブレスは血肉の関係上吐くことが出来なかった。
ザリチュによる実地訓練は続いた。だが、閃光を放つブレスだけはどうしても修得できなかった。
「このブレスはわが血によってなせる業。毒液と毒液を混ぜ、体内の魔法と反応させることによってできるもの」
タルウィは言った。
「では、ザリチュ様の能力は修得できないと」
「そうではない。忘れたか。魔とは他の魔の血肉を喰らうことによってその魔の能力をも手に入れることができる。だが、我を喰らわずとも、お前に我の力を授けようぞ」
言うやいなやザリチュは不意打ちの尾をタルウィに叩き込んだ。同時に舌の位置を変え、しびれるブレスをタルウィ吐きこんだ。
「ここからが最後の試練だ、タルウィ」
ザリチュは己の体を通じてタルウィの心の弄って見るとまだタルウィには人間時代の心が残っていたことが分かった。
(これが彼の心の弱さの原因か)
友情のせいか思わず腰が揺れる。痛みと快楽を互いに共有する。もう一回味を真剣に確かめる。確かに、確かに僅かながら人間の味が残っていた。
(ふふふ、これは弄りがいがあるというもの)
それを知るとザリチュはまず己の躰にある闇を増幅する。次にザリチュは己の躰から生まれ出た闇の福音を徐々に……確実にタルウィの心の中にある光へ落としながらタルウィの心の中を闇色に塗り潰していく。タルウィの心をザリチュがすべて闇に染め上げ、最後の仕上げに大きな闇のしずくをタルウィの心の中へ落としながら奧処を貫き……阿頼耶識まで闇に染めた。タルウィの咆哮が響き渡る。 ザリチュはその躰から漏れ出した黒蜜を愛おしげに緩りと己の体の中へ汲み上げた。タルウィはこうして人間の心を完璧に失った。
(これが背徳と絶望の味。なんと美味なのだ)
「さて、変化が訪れよう。我の血と融合するときが……我もな」
タルウィの身体からさらに肉が踊りだす。布を切り裂くような音をたてながら粉々に鱗が飛び散る。その後に新しきより黒き鱗をもった肉体が膨らんでいく。蛇腹だった部分も鱗に覆われていた。さらに天へと向かう山羊のごとき角が額から血がしたたりながら生えてくる。裂けた口はさらに裂け、手足はさらに伸び、顎がさらに前に迫り出しながら長い顎鬚も生えていく。コウモリの翼が縦長に伸びる。足はロバの蹄と光沢を放つ鍵爪へと変化した。変化が終ると黒き鱗と獣の毛が混じる体躯となっていた。さらに小さな胸にはふくらみが生じた。乳房だった。男の胸にも女の胸にも見える胸となった。新たな命を生み出す腔も生じた。その姿はザリチュの姿と瓜二つであった。
さらにザリチュの身体も変化する。胸にはタルウィ同様乳房が膨らみ腔も生じていく。
両性具有であった。脱皮によって暗黒竜の力がますます増強された。
「タルウィとザリチュは元々化身、あるいは兄弟なのだ。今、そなたは本来の姿を取り戻したのだ。どれ、炎を吐いてみよ」
ザリチュは興味ありげに言葉を放った。
タルウィは口腔に赫灼炎を充満させ……瘴気を充満させ吐き出した。それはブレスなどという次元ではなかった。やがて一筋の禍々しい光線が砂漠を破壊していく。ザリチュと同様、全てを抹消させる破滅の光が砂漠にクレーターを作り出した。
「これでたった二匹でもイマ王国を攻め入ることができるな、のうタルウィ?」
冥暗に満ちた笑い声と共に己の体を弄りながら確かめた。
――これこそ我らの完全体の姿。なんと久方ぶりの姿なのだ
「お前も確かめるがよい。完全体となった己の体を」
たしかの己は完全体に、両性具有者になっていた。
タルウィは凄惨な笑みを浮かべた。それを見たザリチュは深淵な笑みを浮かべた。
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朝明けととも王子が目覚めた。辺りには死人はいなくなっていた。
「やったのだな」
笑みを二匹は浮かべていた。
「それでは我も本気を出すか」
その声は王子の声ではなくダハーカのものであった。化身の体は自由に操ることが出来る。
「おおせのままに」
以来、王子ザッハークは千の魔法を駆使し、杖から昼間は杖から黒い閃光を放ち、死人を消し去る。さらに両肩に生えている大蛇から閃光を放ち、被造物の全てを殲滅させる。
そして夜、王子が眠っている間、二匹は竜の本性へと戻り、閃光を口腔から吐き出し、街ごと殲滅させた。昼夜交代での進撃であった。




