第三章 第二節 闇と死を司る者との死闘
一人と二匹が半島内を殲滅し尽したためか昼間、とうとう死人は出てこなくなった。
たどり着いたのはオアシスの中にある城であった。ここがイマ王の本拠であった。死人の骨、爪がいたるところに使われ、昼間だと言うのに、その城の周りだけは真っ暗であった。ときおり雷が閃光をほとばしる。
「王子、行きましょう。死してもなお『生きている』ものたちを救うため」
タルウィが言い終わると竜の本性に戻った。タルウィは閃光を撒き散らした。崩れていく城下町と城。
ずしん、ずしんと我が物顔で歩くタルウィ。
城の内部へと進むとそこにはイマ王がいた。はじめて人間として生まれ、そして死んだために冥界の王となった者である。大魔でありながら、冥界の版図を広げようとこの死の王国を作り、アーリマンと袂を分けた暗黒の王である。
「来おったな。闇の出来損ないが……」
イマ王は不敵な笑みを浮かべる。
「人は死ぬ。しかし、ここは死んでもなお生きることが出来る楽園。人間は死を恐れるもの。ならば死してなお生きるのが真の闇の世界――」
(ふっ)
「あっはっはっはっはっはっはっ」
高笑いするタルウィ。
「性欲も物欲も恐怖も全て失ったものが『生きている』とは――。お前らの国民は死なせてくれと懇願していたぞ。そして、闇に魂を返した。アーリマン様の下へな。じきに奴らは肉を得た魔になることであろう。だが、お前は逆賊だ。魂ごと消滅する」
「冥界の王に対し、侮辱は許さん!」
いうやいなや杖から闇の閃光を放つ。
「王子、下がってください!」
王子を後ろに突き飛ばすタルウィ。だが闇の閃光をもろに食らってしまった。
なんと闇の身体であるはずのタルウィが徐々に白くなっていく。そして新たな黒いしみが生じていく。
「その光を浴びたものは、やがて身体が壊死するのだ。生きながらな。何、最初はつらかろう。だが腐敗したまま何百年も生きるのは快感だぞ」
三日月の笑みをこぼしながら閃光を放ち続けるイマ王。
閃光を閃光で返し、ことなきを得た。だがそれでもなお傷がどんどん壊死して行く!
――ぐおおおおおお!
闇の力を開放し、闇の力で回復が……出来ない!
ふっ。光だろうが、闇だろうがすべてを死に至らしめるのが我の技。我は冥界の王なのだぞ。
「悪いことは言わぬ。我の配下となれ。ドラゴンゾンビは貴重な戦力だしのお」
笑みは狂気を含んでいた。
「きゃはははははは」
突然笑い出す。
(狂っている)
傷がどんどん壊死し、やがて身体全体に広がっていく。
「残念だったな。闇の者が回復するには生きた血肉が必要じゃが、ここにはそんなものはない。なにせすべて死んでいるのだからな……」
「脳まで壊死したら、我の忠実な僕としてやろう。自我は残してやる。ただし、一部分の記憶は破壊させてもらうがな……」
(何を!)
自分の言葉に酔いしれているイマ王の隙をつき、鍵爪でイマ王を切り裂くことに成功した。飛び散る血肉。倒れゆくイマ王。
夕闇が迫ってくる――。
だが、飛び散った肉塊の下になんと闇の煙が昇り、どんどん闇の煙が充満した。そして幽霊のごとくイマ王は存在し続けている。その姿、神々しい黒の王。
「我に実体などない。お前らが人間の血肉を母体としているようにな。我も人間の姿を借り物にしているにすぎん」
タルウィは幽体に向かって閃光を吐く。
だが、弱弱しい閃光ではまったく効果がない!すり抜けていっただけであった。
「そろそろ、お前も死ぬころじゃな。タルウィ。何、また別のタルウィが生まれるだけじゃ。われら被造物を無へと戻す永遠の輪廻。そんなもの、何になる。光の神も闇の神も欺瞞だらけじゃの。結局は永遠の回廊を彷徨うだけ。ならば死せずとも生きればよい」
そのとき壊れ果てた城から闇が舞い降りた。
――どさっ
同時に重いものも降ってきた。
「そいつを食え、タルウィ」
ザリチュであった。
ザリチュが駆ってきた人の血肉をむさぼるように食うタルウィ。どんどん自分の体が回復していく。
「貴様ら……一匹ではなかったのか。」
ザリチュいくぞ、二匹で閃光を吐く!
おお!
二匹の暗黒竜に巨大な閃光の卵が生まれる。
やがて二匹はそれを吐き出した
断末魔だけが響き渡る廃墟。
「危なかったな。だがこれで半島はわれら闇のものだ。」
――ああっ!
その時玄室から声が聞こえた。竜たちは声にすぐ気が付いた。玄室をそっと壊すとシャフルナーズとアルナワーズ姫がいた。彼女らも死人になっていた。彼女らに肩から生えてる蛇の毒を体内に流す。するとなんと死人から魔族へと変わっていくではないか!生き返ったのだ。王子はこの2名を簒奪することにした。
タルウィは王子らを背に乗せ、ザリチュの手をそっと握り締めながら元へ引き返す。
「すまぬ2人とも」
王子がタルウィの背に乗りながら頭を垂れる。
「王子、よいのです。あとは王子とともにこの国の死人を暗黒の者へと変えるだけですぞ。それではさっそく行なっておきますか」
いうやいなや去っていくザリチュ。
朝がやってきた。
そこに黒い影が生じた。
「おのれ……!死の王に死はあらず。何度でも存在は復活できるのよ! 我の民は我の物。勝手な事はさせぬ」
そこにもうひとつ闇が地中からわきあがり、やがて闇の武者姿が現れた。正義の神阿修羅族を血祭りにあげた恐怖の王インドラであった。インドラの片手にはイマ王の人間の器の役割を果たしていた血肉の肉塊と眼球があった。
「お前の負けだ。いくら挑んでもお前は負ける。だが、お前の使命はなんだ? 死者に安らぎと裁きを与えるのが仕事ではなかったのか? 良きものに安らぎを、魔に等しいものに裁きを」
はっと我を戻すイマ。
「この魔どもに復讐をしたければ我についてこい。お前は今日から東方の冥界の王となるのだ。要は魔を増やさなければよい。永遠に冥界に閉じ込めておけばいいのだからな」
そのまま幽体のまま暗黒騎士の手を握り締めようとする。だがすり通ってしまった。
「よい、じきにお前にも肉体を与えることとしよう。その肉塊を使って新たな器を作るのだ。わが鬼族の故郷である地獄でな」
さっそくイマ王の肉塊を集めるインドラ。肉塊集めを終えると二名は闇の煙がうずまく地中へと消えた。
イマ王、はるか極東では閻魔と呼ばれ恐れながらも正義のものに救いを、悪に裁きを与える地獄の王となる。別居としては、離諍天に住まう閻魔天となったという。離諍天や地獄からすぐ善見城の隠し部屋に行くように魔法陣も設けられた。その後イマ王の息子であり犬人の女性サラマーとインドラ密かに結ばれ地獄にて子孫を残した。それが「シュヤーマ」と「シャバラ」と呼ばれる冥界の番犬であり……この二匹を「サーラメーヤ」と呼ぶ。サラマーは側室の者となった。それがインドラの真の狙いである。こうしてインドラは天界だけでなく地獄をも実質的に手中に収めたのだ。




