第二章 第一節 魔王子誕生
ザッハーク王子はまた例の夢を見ていた。
己の肉が食われていき、全てを喰らわれつくされた後に新たな肉が蛇の毒によって再形成されていくという夢である。蛇が牙を突き刺すと黒き血や肉や骨が体中に行き渡る。全てを暗黒に染めた蛇は満足したのか肩から突きぬけようと蠢く。肩に瘤が生じる。そして両肩から突き破ろうとする瞬間――!
いつのも朝がやって来た。今日は戴冠式であった。
カーグ藩王国を合併した新生マルダース王国の王として、君臨すべく戴冠式が行なわれる誇らしい歴史の一ページが誕生するはずであった。王子が闇の者となるその日までは。
「王子殿、今日のお目覚めも悪かったようですな」
いまや最高神官となった男が薄ら笑いを浮かべながらそこにいた。かつて邪悪な僧侶と呼ばれたその男は功績が認められ、今は宮廷魔術師としての新たな生業についている。最も素顔が知られないように魔力を帯びた黒仮面で素顔を隠し、声も魔力によって変えていたが。
◆◆◆◆
戴冠式には城下町中の人々が集った。弱小国にすぎない国がいまやペルシャの3分の2まで支配する国となったのだ。強国の誕生にわきあがり、城下町はすでに出店が多数出るほどのお祭りであった。国王であるマルダースが祝詞を述べ、戴冠式はアフラの神官達が集う中で「ヴェンディダード」を読み上げ、次に、ヤスナの一部を読み上げた。すべての式が終ると人々が集ってきた。そこに給仕がやってきた。
――ここからが我々暗黒の者が支配する本当の戴冠式の始まりだ。
――天の五行よ、その者に潜む真の姿を現せ
――地の五行よ、汝に潜む暗黒は互いのものとせよ
人には聴こえない声でダハーカは高度な呪文を読み上げる。だが大魔となった邪悪な僧侶にはすべてその言葉が聞こえていた。
――主よ、いよいよその者を化身とするのですね
――その通り
呪文を唱え終えると両肩に口づけした。
この時、王子の背中に魔法陣と同じ形の痣が消えた。
惨劇が始まった。
王子の肩に瘤が突如できる。肩の中で瘤の塊が蠢きながら熱い溶岩のように蠢く。そして両肩から突き破った。
それは黒に黒を塗り固めた巨大な蛇であった。
――後は我の獲物じゃ
そういい残すと給仕は黒き影から姿を消した。
祝福ムードは突如惨劇の場と化す。肩からつきでた蛇がまず隣の侍女を襲う。血がほとばしる。なんと王子自身にも蛇が喰らっている肉や血の感触がつたわってくるではないか!
それは岩清水を飲むがごとく清涼とした感触であった。さらに生の血肉が、この上ない極上の美味と感じたのであった。
「誰か剣をくれ!」
悲鳴をあけながら近衛兵に助けを求める。
いくら王子が切っても、切っても次から次と蛇が生えてきた。そればかりか頑丈な鎧を突き破り、蛇が近衛兵の内臓を食いやぶる。
式場は惨劇の場となった。
だが、式を終えて王となった者に危害を加えるわけにはいかない。かといってこのままだと元王が。
元王を避難させた後に残ったのは、肉の破片が飛び散る血の祝賀会場であった。なぜか蛇は元神官である魔術師を襲わなかった。
「この蛇を沈めるために医師を連れてきましょう」
そう言うと、黒仮面の魔術師は王子を残し式場を後にした。仮面の下には歓喜の笑みをこぼしながら。




