第十章 第一節 彷徨
レノン、ランタらは夜明けにアジ・ラーフラらがこもっている洞窟に戻った。ミスラ神とともに。あまりにも神々しいその姿にアジ・ラーフラも跪く。
――よしなさい。
そういうと下半身の蛇の体に光の杖を当てた。 さらにレノンにも光を浴びせる。みるみるうちに黒の鱗に光沢が滾る。光がふくみがかった黒の鱗に変った。
――これで凍土でもすごせるようになるでしょう。もう外にでてもかまいません。
リンダとアジ・ラーフラが大喜びする。外は晴れ渡っていた。
「なんともないよ、なんともないよ!」
蛇の体を使って大喜びするアジ・ラーフラ。
「アジ・ラーフラ、そなたにどうしても言いたいことがあります」
全員が黙り、静かにミスラの話を聴いた。
それは想像を絶する話であった。
母に当るヴィシャップが元々人間であったこと。暗黒神の力を借りて魔になりさらに巨大な暗黒蛇になったこと。
暗黒蛇の姿で人間の男を犯したこと。その結果生まれてきた子であったこと。
「やめろう! もう言うな!」
イトバラクが叫ぶ。
ミスラが半月の笑みを浮かべながら言い続ける。
――ヴィシャップが女王になった後に半魔と魔と人間の共存社会を目指すも結局は人間を奴隷にしたこと。そして犯したはずの男は光の蛇となって打ち倒されたことに。
――そしてその力を与えたのは、我。
――それは人を救うためであった。
――しかし、そなたの父アルトゥスは魔王インドラに討たれ、殺されたこと、ミスラ自身も虜囚の身となったことに。その贖罪としてここに来たということに。
「憎みなさい。憎しみを持てば光の子ではなく、再び暗黒に堕ちるでしょう。しかし、そなたの父も母も目指していたのは同じなのです。」
――平和と希望の世界を作るということにおいてな。
しかしそれは人間にとって、魔にとってでしかなかった。
「その希望の子がアジ・ラーフラ、『障害となる蛇』の意よ、そなたの事なのだぞ。」
聞くや否やアジ・ラーフラが牙をむき飛び掛る。しかし簡単に手で払いのけられ返り討ちにあったアジ・ラーフラ。
――その希望は我にとっても同じ……っ。
「ぐがああああああ!」
突然絶叫するミスラ。光の杖を落とし、光の杖が逆にミスラを脅かす。
もう持たない……まえにのめり、ひざまずきながら爪が鍵爪のごとく伸び始め、肌は不気味な紫へと変り、額からぷちりと太くねじれた角が一本伸びていく。
「これが我の罪の証よ……」
それはまぎれもなく鬼。鬼の姿であった。
「もう我は光の神なのではないのだ……お前達を救うのが最後だ……」
緊箍の輪によって闇の力が現れたのだ。
「そなたらと同じ半魔なのよ。世を救う者として我は阿修羅失格なのだ」
「そんな事ないわ!同じ痛みを味わう必要なんてない。!」
そう言うと光の弾を今度はリンダがミスラに浴びせた。
すると肌が紫から白へと変っていく。
「みんなも手伝って。もらった光の力を返す時よ!」
そういうと四匹の半魔……いや光の子らがミスラに光を浴びせる。角が再び額の中に戻り、鍵爪が収縮していく。元の姿に戻ったのだ。
「そなたら……」
「へっ、同じ仲間が苦しんでいたら救うのが当たり前だね。借りは返したぜ」
レノンが言い放つ。
涙で溢れかえるミスラ。ミスラはやがて無言のまま天へと戻っていく。
その後アジ・ラーフラは土着の大蛇と知り合い、やがて子をもうける。名をジラントと名づけた。平和の蛇の意であった。後にルーシと呼ばれる大地の平和の守護神として人々から愛されるようになった。ランタ、リンダ、レノンの子孫はそれぞれ「ピスハンド」と呼ばれる幸福のゴブリンと呼ばれるようになり人々から愛されるようになったという。
善見城に戻るとミスラはインドラに謁見をした。さすがにこの時の天帝インドラは神々しい光をまとった神であった。
「我はそなたらと同じ鬼族となり勤めを果たした」
「よかろう。輪を外してやる」
インドラがそういうと突然金属が割れる音がして輪が粉々に飛び散った。
「約束どおり西方では光の神ミスラとして復帰してもよい。だが東方では善見城の下に属する天界に属し、「弥勒」として魔をも救え。ただし、ミスラとしてのお前に出会ったときは再び剣を交えて戦おうぞ。阿修羅族のミスラよ。その時は我も大魔となって戦おうぞ」
――ふっ、言われなくともそうするさ。
すぐさま踵を返すミスラがそこにはいた。
インドラの目論見どおり北方に光でありながら緩衝地域が誕生した。文字通りお互いの勢力にとって「障害」となるべく機能させたのだ。




