第九章 第三節 救済指令
善見城に持って行ったインドラはミスラの剣を床に置き、魔力を剣に放った。すると剣の呪縛が解けていった。そこにいたのはまごうことなき光の鎧を纏った光の神である。姿を見届けると、インドラは天帝の座についた。だが姿は暗黒戦士の姿のままだ。天空の光景としては異様な光景である。
「反逆者阿修羅族のミスラ、いや、弥勒よ。お前はこの世界の救い主でありながら阿修羅族につき、我々を迫害した。その罪は重い。逃げ延びたようだが無駄だったようだな。本来この場で打ち首だ。だが、お前にチャンスをやろう」
歯軋りするミスラ。
「はるか北に魔の迫害から逃れた半魔がいる」
暗黒戦士は歪んだ笑みを浮かべる。
「ヴィシャップの子らよ」
――!!
「敵である種族を救って来い。そうすればお前を解放してやってもよい。東方では弥勒として善見城で活躍し、西方では『ミスラ』の名称のままとして活躍することを許してやってもいいぞ」
「お前はアンラマンユに従う魔王なのだろう。なぜ俺を殺さない?」
「従う? あっはっはっはっはっ」
高笑いするインドラ。
「あれはただの盟約よ。我が治める天界とその俗界にいる人間を傷つけるのをためらう代わりに、鬼の血が騒ぎ出したらお前らが治める阿修羅族の人間を貪り喰い、切り殺すことにしたのよ。そこで、アンラマンユと盟約を結んだのさ……。元の姿である闇の者に変化してな。ただの同盟関係よ。そこに上下関係などないわ。形の上では配下だがな……」
(おそるべき闇だ)
「お前はところで、闇のものまで救う気はないか」
「なぜ闇を救う。俺は光の神だぞ」
「あの者共を光にすればよいではないか……固陋の者よ」
下界を指さすインドラ。
「我々は闇と飢えに苦しむ闇の者であったがゆえに光を欲した」
そして天を仰ぐインドラ。
「だが、阿修羅族はそれを拒んだ。そこで全面戦争に打って出たのだ。我々の欲っしたもの、それは『光』だ。見よ、この天界を。光と豊かさに溢れているではないか」
この天界も魔族に支配されてしまった事をしみじみ実感するミスラ。
「何も阿修羅の教義を壊せというのではない。半分光の子らである半魔を救え」
そういうとインドラが高等魔術の呪文を読み上げ、闇の煙を作り上げた。
凝縮して出来たのは闇の輪――!
なんと、抵抗するミスラをあざ笑うかのように攻撃をすり抜け、ミスラの頭の上に収まった。
「『緊箍の輪』に闇の力を結集させた」
「貴様! どこまで侮辱するつもりか!」
「どうあがいても取れないのは知っているであろう」
くすりと笑う天帝。
「少しでも我に逆らえばお前の頭部は肉片となる。締め付けて言う事を聞かせることもできる。もちろん、こやつは闇の力でもってお前の心も蝕んでいくぞ。しまいにはお前は緊箍の輪の力によって魔の姿となるのだ」
またも高笑いするインドラ。
「そうなる前に死ぬことが出来るか? ミスラ。世の救済を目的としたお前には出来ぬよなあ……?」
今度は四天王が笑い出した。
「お前は仏教の『弥勒』としての使命を忘れ、阿修羅神側についた。その罪を今払え。半魔を救え。『弥勒』よ、行くのだ。北の大地に」
憎悪に歪んだ顔のまま踵を返すミスラ。
そのまま『ミスラ』は天界を降りていった。北の大地に向けて。
「できるかな……? 闇の者を救うことに……」
鬼王である周りの四天王らも薄ら笑いを浮かべていた。
それはインドラの新たな策謀であった。




