第八章 第三節 討伐
遊牧民族は颯爽と大地を駆け巡る。
交易を行い、じぐざぐに西への道を目指すアルトゥスたち。希望に満ちながら彼らは赤竜の旗をなびかせていた。今日も野営をしてキャンプを張っていた。南には静かな黒き海が渚で小波の音が響く。
月が雲に隠れたところに深き闇の中に暗黒戦士が現れた。正義の御旗を元に戦争を撒き散らす者どもを抹殺するために。
暗黒の矛を空にかざす。みるみるうちに暗黒の雲が集まりだした。見張りのものがほら貝を吹き、野営中の人間が騒ぎとなった。が、それもつかの間だった。
「落ちよ、雷よ」
いっせいに巨大な黒き雷がテント村を襲った。
何十回も何百回も降り注ぐ。
「魔か!」
アルトゥスはすぐさま黄金の大蛇となり友軍を守る。だが、今の攻撃で三分の一を失った。肉が炭のことく焼け焦げ、死体が散らばるおぞましき光景が草原に広がる。
「出て来い魔よ。勝負せよ!」
アルトゥスは凛とした声で響かせる。
姿を現した魔は全身暗黒の鎧を着た素顔の見えぬ魔だった。
「お前か。半魔をおいやり。魔を殺戮した者は」
「たった一人だ、弓矢で打ちまくれ」
弓矢隊長が命令し、弓を放つ。
だが弓が空中で止まり、一斉に矢が戻ってくるではないか。弓の雨に襲われる弓矢隊。またしても部隊が減った。
「雑魚はいらぬ」
三叉矛をかざし、今度は一人づつ鉾でなぎ倒し、突き刺す。さらに上にかざすと暗黒の霧が噴出し、部隊を次々襲った。
霧を吸うだけで次々倒れる兵士たち。兵士は一箇所に集まり、大蛇が作り出す光のバリアに守られた。
大蛇が口腔を開き、巨大な光を暗黒騎士に浴びせる。
「やったぞ!」
騎士隊が歓声をあげる。いままでこの光を浴びて無事だった魔はヴィシャップを含めていなかったからだ。
だが、光を浴びてもまったく意に返さないではないか。
ざわめく騎馬兵達。
暗黒戦士は咆哮を上げ、跳躍すると三叉鉾を光のバリアに突き刺した。
闇の鉾が光に障壁を粉々に打ち砕いた。
粉々になった光の粉が騎馬兵と大蛇に振りそそぐ。
「独善に死を」
再び上にかざし、暗黒の霧が噴きあげ、部隊を次々襲う。
次々に体に黒き斑点が浮き出し、黒きタールのごとき血を出しながら倒れる。それだけではなかった。目、耳、鼻、口から黒きものが吹き出すように液体が流れ出ているではないか。
黄金の大蛇も例外ではなかった。黄金色がどんどん薄れ、赤の色のみになっていく。
「お前は知っていたか。魔と人間が交わった街が理想に燃えていたことを。お前は自分の独善のためだけに魔も半魔も人も差別も争いもなく平和に暮らす理想を壊したことに」
「なんのことだ」
大蛇の姿のままもだえ苦しむアルトゥス。その赤き体にも黒き斑点が次々浮かび上がっていく。
――いかん! 引くんだ。死ぬぞ。アルトゥス。こやつは知っている。なにせ我々を天空から追放した鬼王じゃ。
――なんだって! ミスラ!!
急いで翼を開き、逃げるアルトゥス。
だが……黒き雷がアルトゥスを襲った。
感電し、失速して墜落する。苦しげな咆哮が大地にこだまする。草原に倒れこむ赤き大蛇。
「お前は魔というだけで大量に殺戮した。お前が出現した世界は正義と正義を振りかざす修羅の世界。その醜き姿が闇の象徴」
「ふざけたことを言うな。魔は人間をどれだけ殺戮したというんだ」
「そうとも。だからといって魔を殺害したらどうなる。その繰り返しではないか」
「魔のお前に言われたくない!」
暗黒騎士に炎を浴びせるアルトゥス。だが、まるでその鎧は炎による傷を受けない。
――阿修羅族の竜よ、滅びるのだ
大地に咆哮を轟かせ、跳躍した暗黒騎士は大蛇の鍵爪をかわし、見事わき腹を突き刺す。そこから闇のしみが一気に広がる。もだえくるしる咆哮。赤き大蛇は闇に消えゆく。残っていたのは光輝く剣。
「もらっておくぞ。我々暗黒の者がな」
――いや、待てよ。これは「戦利品」だ。善見城にもっていくとするか。救いの神ミスラともども。
――貴様、アスラ族のヤサダ(天使)が従うとでも思っているのか!
「嫌でも従っていただきます。ミスラ」
暗黒の者は剣を持ち去り、再び月が出た天空を悠々と飛んでいった。
鬼族が支配する善見城に向かって。




