第八章 第二節 闇の中へ
――ぐはっ! まぶしい!
ヴィシャップを化身としていたため、光線のダメージは母体であるアジ・ダハーカをも襲った。
「ははぁ……はぁ……ぜぜい……ぜい」
三頭三口が悪態をつく。体中が光の筋による攻撃をあび、闇色が溶けて灰色になっている。細かい傷が無数についていた。
ヴィシャップが消滅する直前に化身である契約を無理やり解除したため命を共に落とすことは免れた。身体と魔力への負担は相当なものであったが。
(まあ、よい。命を落とすことは免れた。そんなことより、逃げ帰った裏切り者どもは抹殺せねば)
このころのアルボルズ山の闇の洞窟は騒がしかった。次々闇から出てきた魔の者どもで溢れかえっていたためだ。アルメニアから帰ってきたのだ。魔だけでない、半魔もいた。安堵の声や悲鳴、子や親を探す声であふれかえっていた。
そんな光景に冷酷なおどろおどろしい声が響く
――そなた達を守る盟約はそなた達の主の死によって消えた。魔にあるまじき裏切り者には死、あるのみ
闇からゼリー状に浮かび上がった姿は翼を持つ三口、三頭、六眼の暗黒竜。
それぞれの口腔に赤き光を……瘴気が充満させる。
悲鳴と阿鼻叫喚が洞窟に響き渡る。
しかし、すぐに三口から巨大な光が放たれ、洞窟ごと全てを吹き飛ばした。魔も半魔も赤き光と共に消えていった。遠くにいたものも爆発の余波を浴び、肉片となった。
遠くには光が見える。洞窟の側面どころか天井の一部まで抉り取られた跡があった。山の一部をもえぐり取り光は天空まで届いていたのだった。
もちろん、深き洞窟に光は差し込むことはないが……。
静まり返る洞窟。
三頭、三口の顎が魔の肉片を貪り啖う。肉を堪能していくうちに己の肉体が回復していく。魔の血や肉体は魔の者にとっては能力や魔力を与える薬にもなるのだ。ゆえに、魔物にとって己の骸を放置されるのは屈辱であり、逆に強き者の一部となるのはたとえ死という苦痛を味わったとしても光栄であるのだ。新たな強き命の一部となるからである。その肉片の中にはムーシュとムーシュの子だったものもあった。
食事を終え、己の肉体は元の暗黒色に戻り、肉体の傷も癒え、魔力も得た。
そこに突然、呪縛に満ちた声が聞こえた。
「食事はお済ですか? 王子殿」
ぐにゃりと闇の中から現れる暗黒戦士。
「ふっ、遊びでこの魔界に来よった者に指図を受けるつもりはないわ。天帝インドラ。そなたにふさわしきは闇ではなく、光であろう。そなたは味方などではなく、敵だわ」
「仲間割れしている場合か馬鹿者!その客人は我が招いた」
声が洞窟内に響き渡る。
そこには暗黒の大蛇アンラマンユがいた。闇の中から現れた。
「多忙のとこすまぬの。わしにとっては天空の主とかはどうでもよい。強き者が魔の世を支配してくれればそれでよい」
するとインドラは跪いた。
「このままでは魔は光の剣により滅ぼされます。私は光の者でもあるゆえ、滅ぼされることはありません。我にアルトゥス討伐を命じください」
「よかろう。早速とりかかってくれ。我らが滅びに向かう前に」
「はっ」
そういうと暗黒の戦士は闇に消えた。
「父上!なにゆえ天空の力を借りるのです。あやつに忠誠心などないことはわかっているはず!隙あればいつでも天空の善見城から攻め入ることも可能なのですぞ!なぜあやつが父の力を借りた大魔なのです!」
「我々はインドの神ごときに滅ぼされるほど軟じゃないわ」
一喝する王。
「いいか息子よ。利用できるものは何であっても利用する。力ある者こそが魔の正義。違うか? 万が一滅びを甘受するときは、その時よ。最後の審判を受けるときだ」
アジ・ダハーカはびくっとした。
「最もそのまえに、最終兵器としてお前と融合して立ち向かうがな。その時はおそらく光も闇もない。ただの無の空間に戻るだけよ。暗黒と同じだけかもしれんがな。無と闇は親和性がある。ならばもう一度闇を作ればよいだけのこと」
父は子すら道具としか見ていなかった。しかし、それが魔として本来あるべき姿なのだろう。三口、三頭、六眼の魔は身震いと歓喜と憎悪を同時に味わった。




