第五章 第二節 石の剣
「魔軍が攻めてきたぞー!」
見張りの騎馬兵が大声で本隊に報告してきた。騎馬隊の後ろには多数の竜人や鳥人、獣人がいる!
弓矢を放ち、石弓で石を投石する。さらに筒のようなものから火炎を出し、自らも火炎を吐くではないか。騎馬隊の得意とするところは移動力である。次々と軍を引き離す。移動力の遅い幌馬車が壊滅していく。
「アルトゥス! 俺の後ろに乗れ!」
仲間の声だった。さっそく馬に乗りしがみつき壊れた幌馬車から離れる。だが、甘かった。空から奇襲があったのだ。鳥人が空から弓矢を放ち、さらに鋭い嘴で襲い、剣を振り下ろす。
「もっと走るんだ!」
だが絶望的だった。次々倒れる騎馬兵たち。
「アルトゥス、わが部族の最強の剣が納められている場所が北ペルシャ高原の丘にある。かつて遊牧民とペルシャ人の交流が盛んだった時代に異教の神に我々の神の杖を収めた『石の剣』がそこに収められいる。そこに行って剣を引き抜け」
(異教の神?)
「この剣は人間であって人間でないものにしか引き抜けない。ゆえに部族の長はお前を拾うことにした」
「何言ってるんだ! 俺は人間だ」
「すまねえ。説明してる暇はねえんだ。俺があいつらを引き寄せる間に逃げろ」
(人間であって人間でない!?)
「この馬はお前にやる! さあ! 早く逃げるんだ!」
そう言うと名も知らない騎馬兵が去っていくではないか。
「俺の名はガウ。緑の騎馬兵よ!」
全身緑の装飾に軽装備された騎士がそう答えた。そういうと竜人部隊に突進していく! 囮になるつもりなのだ。
アルトゥスは後ろをふりむかず、必死に馬を走らせた。必死に走った先に森に入った。もう追ってこないようだ。そこにはぽつんと家があった。まるで木こりの家だ。
――魔女の家かもしれぬ。通り過ぎよう
魔女は人間を利する者が多いが中には闇に溺れる者もいるし人間のために力を使っている魔女だとしても悪魔と交わって異能を持った存在という事実に違いはないからだ。関わると危険だ。しかし、その願いはかなわなかった。扉が開いたのだ。
「信じられぬ」
水晶を持った老婆が言う。全身茶色の服だった。顔が見えるようにフードを外した。
「信じられぬ。お前さんり……だ」
聞こえなかった。
「おまえさんは魔術を習得しているか?」
「してない」
「嘘じゃ。相手の体温が目に見えるように分かるはず」
見抜かれた。嘘を付くのは止めた方がよさそうだ。
「お前さんはそれ以外の魔術は習得していないはず。ならばここで魔術を習得していくべきじゃ。数日で得られる魔術はたくさんある。悪いようにはせん。あと薬草などの知識も伝授しようぞ。その力を人のために使えばお前さんは大魔術師じゃ!」
アルトゥスは誘惑に負けて魔女の家に入った。そして数日かけて彼は能力を得た。しかし頑なに名も知らぬ魔女は……「己がなぜこんな姿を得たのか」という問いどころか自分の名前を答える事すら断った。
アルトゥスの旅は続く。
アルトゥスに「竜神様……」の声が聞こえる事は無かった。地面に落ちていたはずの小石がとがり魔女の体をまるで剣のように次々と貫いていた。
「裏切り者めが」
そして樹の影となった地面からゆるりと闇が姿を現しそれは夢魔となった。夢魔は反吐を吐いた。ムーシュであった。闇の者は闇があれば自由にどこへでも行ける事を忘れた者の末路であった。人を殺すにはそこら辺の小石で十分。
骸は文字通り小石のように転がっていた。小石も元の小石に戻っている。魔にとって骸を転がされるのは最大限の屈辱にして最後である。より強き者の一部として食われることを最上とする。
「ま、いいわ。さようなら……永遠に」
そう言って樹の影となった地面からゆるりと闇が姿を徐々に消す。そして存在が消えた。
しかしこれはゾロアスター教の教えを全うした者に対する敬意でもある。やがて烏が骸をついばむ。こうして光を選んだ魔女は自然の一部へと帰っていくのだ。
そこら辺の小石同様の存在として。




