第三章 第二節 故郷の想い ※
<そこは闇の洞窟>
「タルウィよ、厄介なことに例の光の剣士がお前の故郷に来ているぞ」
ザリチュが言った。行く先々で自分が破壊した街の人間を魔族にした者を光に帰しているという。
もちろん報告で知っていたが、そのスピードは計り知れないものだった。
普通の魔ではとても手に負えないとのことだった。
「大魔タルウィ、自分が大魔ならば、自分の友がやられている姿をみすみす見逃すでない」
「師よ、必ずや因縁の地にて光を滅ぼして見せます」
「期待しておるぞ」
だがタルウィが想っていたのはその場所であった。
様々な場所を滅ぼしてはきたが、その土地にだけは近づきたくも無かった。
人間時代の無残な想いが蘇るからだ。だが、私情をはさんでいる余裕などなかった。
そんな時旅の途中で滅びた村でただ笑いながら歩く子供を空から見かけた。
(かつての俺と同じだ。……面白い!)
ふっと少年の前に立つ。だがもう少年は暗黒の竜を恐れない。
もう正気を失っていた。
嗤っていた。
「絶望に満ちてるのなら闇の安らぎを与えようぞ」
そう言って自分の腕を器用に刳り貫いて血肉を出す。
傷は自然と消えた。
その血肉を少年に埋め込んだ。
するとやがて腹部が徐々に膨張し蠢動する。
格闘し、呻き苦しむ。少年は頬が膨れ上がって弾ける。血反吐を吐き、白眼を剥く。
まるで妊婦のようだ。いや、妊婦そのものである。やはり魔族は完全体になれるのである。そして魔族の完全体は両性具有体なのだ。なにせたった今俺は人間の男性子宮を女性子宮へ転換させたのだ。闇の中で他の魔族から聞いた通りだ。真の高位魔族は一見分からぬが性別を二つ持つのだ。
(ザリチュの企みと欲望が分かって来た。なるほど……)
新しい命が生まれようとしている。骨音が鳴り響く。骨が骨を生み次々形となって現れていくのが音でも分かる。骨格の次は肉が急速に生まれ行くのが分かる。
(俺と同じだ!)
タルウィはあまりの嬉しさに嗤いいそしむ。呻き声が徐々に魔物の声に変化する。
格闘の末やがて腹部が割れると竜の顎が顔を出す。
さらに割れた腹部から竜の両腕が伸びる。
そして竜は骨から肉を引き剥す音や骨を割る音をたてながら少年の体を割って出ていく――!
いや、違う。
それは竜人であった。己の体と同じく胸や腹は蛇腹となっていた。
竜人はまだ少年だった時の血肉を身に纏っていた。
それを嬉しそうに削ぎ落した。
少年だったものは死体となって大地に四散した。
絶望が勝ったのだ。
死んでいた魂は新たな命を得たのだ。
「闇の種様、私に新しい命を吹き込み下さいまして誠にありがとうございます」
少年だったものは跪く。
母体よりもかなり小さい竜人だ。
翼は無い。尾も小さい。
(これが「闇の種」の力……)
「人間時代の記憶は残ってるか」
「残ってます」
「ついでに聞くがお前は男か?」
「はい」
竜人は訝しみながら陰部を触って確認する。
(さすがに性転換はしないようだ)
「よろしい、人間時代の憎しみを糧に世を闇へ染めよ」
「御意」
タルウィはかつての故郷の近所で初めて闇の種を植えたのであった。
(この少年のように新しい命の懸け橋となるのが我の使命……)
この地を闇と安息の大地に変える使命を帯びていた。そう、故郷に生きる者の魂を救うために。
それだけではなかった。自分は魔族になってもある意味まだ性奴隷に過ぎぬこと、人間時代の性奴隷のトラウマを超えないと真の魔族になれずこのような人間を救えぬのだということを実感した。現に今の力では人間を極小の竜人にしか変化出来ぬ。あのままでは野に居る獣や人間にやられてしまう可能性が大きい。真の魔族になればまともな魔族として生まれ変わらせることが可能なのだ。大魔になるとはそういう事なのだ。なんという残酷なのだ。しかしこの問題は宿敵を倒してから考えるとしよう。そう、宿敵を喰ってより強くなってから己は完全体を目指す覚悟を持つのだ
――お前は俺に食われて俺の一部となるのだ。名誉に思え
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