表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒竜の渇望  作者: らんた
第五部 暗黒竜の渇望
113/117

終章  ※

 地獄にも安寧あんねいが戻った。


 だが……阿傍はふと思い出したかように闇の世界へ渦巻く地を作った。そのまま闇に沈下する阿傍と阿傍に抱かれた勇者。

 

 阿傍は魔界の地表に闇の渦を作り闇の渦から勇者を抱きながら押し上げられるように現れ暗黒竜の前に立った。阿傍が渦の中心に立つと渦はいつの間にか消えた。


 「勇者を救ってほしい!」


 懇願こんがんする阿傍。腕には勇者。


 「わかった。だが、この力は絶望している者でないと暗黒の者になれん。しかも失敗したら四散して死んでしまう。そんなことしたら我が子を我が殺すことになってしまう!」


 「分かっております。それでももう貴方しか勇者を救えない! このままではいずれ勇者は死にます!!」


 「分かった、阿傍よ。万が一のときは覚悟せいよ?」


 そう言いながら魔王は……中央の『苦痛』の角を持つダハーカは自由の利く指を使って器用に己のてのひらえぐって血肉を取った。


 「この肉を勇者に埋め込むのじゃ。早く」


 阿傍は魔王の指に勇者のからだを近づけさせた。魔王は指を使ってゆっくり己の血肉を勇者に埋め込む。


 例の変化はすぐに勇者の躰に起きた。まずゆっくりと白き煙が生じながら勇者の外皮が溶け落ちる。やがて内皮は透明な膜へと変化した。膜の内側で肉が溶けながら膨張していく。だがまだ人間の皮膚と毛髪が残っていた。勇者はちゅうすることなく己の残った皮膚を払い、大地へと捨てた。帽子を払うように頭皮を脱いだ。頭髪が地面に落ちた。面頬のように残っていた顔の皮膚もそっと剥がし真の素顔を露わにした。

 こうして勇者の全身が膜に覆われた肉の塊となった。肉塊はこの光景を見て苦悶くもんの声を洞窟中に響かせる。まさにその時……唾棄すべき修羅の声とともにあごがあたかも魔鳥のくちばしのように前へ突き出した。その声は獣の声へと変化し顎を開けると紅色の糸を引きながら口が裂けた。耳はとがり、両腕両足の鉤爪は草木が芽生えるかのごとく肉塊の中から突き出すように伸び、鋭くなっていくのを己の目で確認する。そのとき、突如肥大化した肉塊の背中に巨大な瘤が生じた。瘤は溶鉱のようにうごめく。瘤は一旦肩に止まり触手を生やしながら闇の血を体内に注ぎ込む。まるでかつてのザッハークのような姿である。闇の血を注ぎ終えると再び肉塊の背中で瘤が蠢く。どこかへ突き抜けようとする力だ。


 ――突き破れ!


 勇者は人間の言葉で言ったつもりだった。だが発せられたのは魔獣の咆哮であった。肉塊の願いどおり、瘤から突き抜けていったのは巨大な黒き被膜を持つ翼であった。黒い帳が透明な膜を突き破り肉塊の体からばさりと降りる。肉塊は嬉しそうに憤怒の羽音を鳴らす。


 阿傍は「復活」と言ったつもりだった。しかし、その喉から溢れたのは、声とも咆哮ともつかぬ震えだった。地獄そのものが息を吐いたかのような、重く深い響き――ただ、その声だけが世界を震わせた。


 肉塊から伸びていったのは瘤の中にあった翼だけではなかった。左右同時に額に生じた瘤を割って角が伸びていく。さらに尾骶骨と触手が背中を突き破っていった。その触手の伸びが尾骶骨びていこつとからまりながら止まると今度はゆっくりと鼓動と共に触手が尾骶骨と同化しながら膨らんでいく。やがてそれは尾となった。

 角と翼と尾がすべて伸びていったのを見届けるかのように次に口から人間だったころの歯が抜け落ち、代わりに牙が伸びた。首がゆっくりと前へ肉塊から見える心臓の鼓動とともに太くなりながら伸びていった。肉塊の動きがすべて止まると闇の者となったことを証明するかのように肉塊を包むように素早く全身を覆っていた膜を消しながら暗黒色の鱗が全身を覆っていった。最後に二の腕を高く上げて膜を破り産声のような咆哮をあげた。こうしてロスタムの躰は完全なる闇の暗黒竜として再構築された。しかも完全体の両性具有者として。


「俺は……生きている」


 その声は確かに勇者の声であった。


 「人の姿に戻ることも闇に消えることも出来るぞ」


 アンラマンユの声を聴いてロスタムは人の姿に戻った。闇の福音の力のおかげからか衣服は元に戻っている。さらに闇に溶ける。再び姿を現した時……勇者は顔をふせて小刻みに震える。


 「ふっ……ふっ……ふっ………………くっ……くっ……くっ……くっ……」


 忍び笑いが漏れ出す。


 (我の本当の居場所は闇の世界だったのか。これが笑わずにいられようか?)


 魔王は……左の『苦悩』の角を抱くアンラマンユはあまりの嬉しさに尾を闇の大地に何度も叩く。


 「気分はどうかね」


 「至福でございます」


 「実はもう一つプレゼントがあるのじゃ。阿傍よ、良いな? 彼に奥の宝箱を開け方を教えよ」


 ロスタムが巨大な宝箱から発する緑の光へてのひらをかざすとなんと鍵が外れる音がした。宝箱の中には闇を凝縮したような鎧と兜と面頬があった。阿傍が万が一の時に管理していた予備の鎧だ。そう、阿傍は地獄の横にある冥界の管理者でもあるのだ。そんな大事なものを阿傍は与えるというのだ。


 「お主は光の主であることを止めた。替りに闇に生きることになった。その門出の祝いじゃ。審判の日にこの鎧を身にまとって我と戦うがよい。もちろん鎧を身に纏っても闇に溶けることが出来るぞ」


 (門出……か)


 「最も、我との戦いは茶番劇だがな。勇者が闇に堕ちてるとは地上の者どもは誰も知らぬ。やられたふりをして闇に何度も我は復活できるのだ。こうすれば真の裁きは起きぬ。神の計画はたった今破れたのだ」


 それを聞くとロスタムは早速闇色の鎧を身にまとった。それは禍々しい闇の騎士そのものの姿であった。そして最後に面頬めんぽうを装着する。その面頬はかつて戦ったインドラが装着していた面頬に似ていた。面頬は己のかおに合わせてぴたりと付いた。そしてもう一回闇に溶け、再び世に出た。


 (そうだな。神の計画は破れた。なにせたった今勇者は「死んだ」のだからな。ふっ……ふっ……ふっ……これは愉快)


  「ふっ……うっ……うっ……ふっ…………ぐっ……ぐっ……くっ……くっ……」


 己の面頬かおから沈鬱ちんつうに満ちた曇天くぐもった笑い声が何度も洞窟内に響き渡った。面頬かめんには魔力があるのか声も変わった。その声は洞窟内で反響しあい……苦痛・苦悩・死を現す三重奏となった。この音色は勇者時代の心の悲鳴を具現化したものか? あまりの素晴らしい音色に思わずロスタムは酔いしれる。己の目から流れる黒き涙は面頬により見えなくなっていた。


 魔王は……右の『死』の角を抱くザッハークは自分と同じ境遇の者を友に出来たあまりの嬉しさに尾を闇の大地に何度も叩く。


 存分に闇の音色を聴いた後に魔王は言い渡す。


 「光と闇の秩序を壊す者と審判を下す時、そなたの獲物をほふる時じゃ」


 三つの口が別の声で同時に言葉を発した。


 「御意」


 仮面から発せられたのは吹雪の声であった。そして勇者、いや暗黒戦士は魔王にひざまずく。面頬から発せられる声はある程度変えられることも分かった。


 「御意」


 阿傍も面頬を再びつけて北風の声を発した。


 「さあ、行くがよい。新しい生を受けた闇の戦士よ」


 ――ロスタムよ、わが子孫よ。我はロスタムが生きててくれてうれしいぞ


 ――正直……我はジャヒーを殺したことへの恨みを持っているのは事実だ。しかし……もう復讐の連鎖はやめるべきだ。その道は我らが忌み嫌う阿修羅アフラの道に他ならない。


 ――まさに救世主ロスタムよの


 三の声を聴くと二人は地上へとふわりと昇って行く。


 「これでお前はもうロスタムであることを人や獣人や鬼たちに知られずに生活できるだろ。ほら、ここが俺たちの新しい住居だ」


 それは塔であった。またしても扉から緑の光が放っている。闇の戦士が掌をかざすと扉が開いた。幻の霧と結界に包れた塔であった。二人は塔に入りさらに扉のボタンを押す。扉が開くとそれはエレベーターであった。二階に上がり覗いてみると普通の居室も調理室もなんでもそろっていた。しかも生活臭まであった。三階には生贄を喰う部屋も用意されていた。四階以降は何もなく遥か遠くの最上階に看視の部屋があった。ほぼペルシャの国土が見渡せるようになっていた。もうここまで行くと天界に達するのだ。最上階には魔導具としての望遠鏡まで備えられていた。


 「俺たちは終末世界まで見張る番人にして隠居生活者なのさ」


 その言葉を聞くと暗黒の仮面を外した。その顔はたしかにロスタムであった。


 「そうか、ならば人間を存分に食えそうだな」


 暗黒戦士は下界を見下ろしながら笑みを浮かべ二本の牙を生やしながら吹雪の声を発した。面頬を外したにもかかわらずその声は冷酷な吹雪の声のままであった。


 「やあ、君がロスタム? ずっとここで待っていたよ」


 黒衣を着た少年が近づく。帽子も黒色だ。


 「君は?」


 「僕は二代目タルウィの子として転生した『看視かんしの者』って言うんだ。君と同じ闇の道を選んだ者さ。僕はこの看視かんしの塔の主。この塔から見張る闇の竜。そして……この姿は仮初の姿。ここに来たということはもう君は完全体のはず。今後の生活が楽しみだよ。ああ、先に言うけど兄である三代目タルウィを討った君の事を恨んでなんかいないよ? その時の君はまだ闇の者でないしね」


 看視の者……四代目タルウィは緩徐かんじょ口角こうかくを上げる。


 「それはおもしろい。互いに……()になれそうだな」



 阿傍はヤマーンタカ(閻魔をも殺す者)という称号をもらった。そのまま地獄の王として二代目閻魔の座についてほしいとの要望が獄卒らから出たが、阿傍は丁重ていちょうに断った。二代目閻魔はインドラの母にしてプリティヴィーが選ばれた。後に仏教では地天とも地蔵菩薩とも言われる仏にして女神である。プリティヴィーは前代閻魔の過ちを犯さぬようにと閻魔になるときは裁かれる者の痛みを忘れぬよう煮え湯を飲んでから人の愚かさと向き合って裁判に臨んだ。だから閻魔の顔は地蔵の時と違って顔が赤い。

 阿傍はそのまま地上に出て、引退する生活を選んだのであった。もう阿傍は獄卒の仕事も閻魔という罪人を罰する仕事なんぞもうんざりであった。阿傍は看視の塔に住むことにした。

 今はまだ最後の審判は行われていない。それはロスタムが闇と光のバランスを取っているからに他ならない。それが魔王の最後の抵抗でもあったのだ。


暗黒竜の渇望  終


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ