第四章 第二節 恐怖の天帝の復活
鎧兜が動き出す。恐怖の天帝が復活したのだ。
――ここは……我が滅びの種を生んだ場所。そうか。我も産み直されたか
「イマよ、感謝するぞ。まさかお前を助けた方法で我もこのような姿になるとはな」
声も幽鬼独特の声ということを無視すれば天帝時代のインドラに近い。培養した血肉に魂が合わないのでは、暴走するのではとイマは畏れた。その心配は無用だった。
「もともとあの秘密の居室は天帝インドラ様のもののはず。ご自由に。それよりもインドラ様のお顔は仮面と合致しておりますか?」
それは生前の貌を参考にしたデスマスクであった。
「よい。気に入っている。それよりも、この青銅の鎧は目が心臓のはず。奴に射抜かれたら我は終わる」
「ご安心ください。この仮面のみ、まばたきができるのです。目を瞑った瞬間、目の周りにバリアができます。あなただけの特別仕様のデスマスクです」
それを聞いたインドラは鉛のような笑いを響かせる。
インドラが目を瞑ったとき、目の周りの青き光が増幅した。
目の周りの青き光を見届けるとやがて啜り笑う。幽鬼独特の冷気が混ざる声だ。
「私は優秀な部下を持ったものだ」
――天帝様、ご復活何よりです
挨拶の後に魔法陣から上昇しながら現れた。広目天だ。
「広目天か」
「生きて残ってインドラ様の下に残った武将は私一名のみでございます」
「よい」
――ところで
その声は鬼哭と呼ぶにふさわしい声であった。
「閻魔王よ、わが息子と妻の姿が見えんが?」
インドラの眼が今度は紅に光る。
「申し訳ございません。ジャヤンタ様は癌肉になっており復活不能でした。シャチー様は閃光でやられ骨すら残らず復活はかないませんでした」
「ふむ……そうか」
インドラは訝しんだ後……再度啜り嗤う。この声を聞いたインドラ以外の地獄中の魂は震え上がった。なんという成長だろう。もう仮面は複雑な動きや表情を出せるようになっている。さすがは天帝インドラの血というべきところか。
「閻魔よ、次はどうする?」
「地上に出て侵攻できるほどの軍隊を集めるべきかと」
しかしインドラはもう三尸を操る能力も失っていた。あれは完全体だからこそ出来た技である。三尸を人間の死体に寄生させて己の軍隊として活用することはもう出来ない。インドラはもう特殊能力者とは名乗れない躰へ落ちてしまったのだ。
「ふむ……数が足りん。しかも今の我は標準体。さらに鎧の姿だ。三尸を駆使することも出来ん」
「ならば、罪を軽減するというふれこみで、亡者軍を形成すればよいのでは?」
「しかし、それでは幽閉されている魔王が黙っていませんぞ」
広目天の言う通りだ。
「殺せ、用済みだ」
「はっ」
「インドラ様。申し上げます。闇の勇者、暗黒竜がこちらに向かって来ます」
広目天が暗黒物質の鎧兜と同化した巨大な目で確認する。なにせ広目天が持つ眼は「千里眼」と呼ぶ異能の眼。広目天がその気になれば壁を通り越して対象物を発見することすら可能なのだ。
「面白い、逆襲だ。閻魔よ。軍隊を集めよ」
「仰せのままに」
「それでは戦いのために滋養を付けておくとするか」
「仰せのままに」
「それとお前の仮面も保護してもよいぞ。我が許す。地獄の亡者でも喰らい、そなたも戦いに備えるがよい。それと閻魔よ。時期にそなたの真の肉体も元に戻る。だとしても前の名前ではなくこれからも閻魔かイマと名乗れ」
その声を聞き……閻魔が拳を握り締めると鎧が強大となり皮膚の色は死の王にふさわしき色となっていた。
「ありがたき幸せ」
閻魔の啜り笑い声を聞いた地獄中の魂はインドラとイマ以外さらに震え上がった。
(いいだろう。そもそもバリアを張った仮面の制御は我にしか出来ぬ)
「それとシャバラ、シューバラ」
インドラが呼ぶと突如闇の中から現れた者がいる。犬であった。
「シャバラでございます」
「シューバラ、ここに」
「お前らも分かってると思うが万が一我が倒れた場合は次の天帝がシャバラ、お前がなるとよい」
そう……シャバラとシューバラはインドラとサラマーが交わって出来た存在。単なる地獄の番犬なのではない。実子が倒れたときに血が絶えぬようにした存在なのだ。そしてこの二匹を地獄の番犬「サーラメーヤ」と呼ぶのである。
「あってはならぬがもしもの時はお前が闇世から出て戦うのだ」
「主よ、おおせのままに」
「サラマーよ」
闇から現れたのは女性の犬人。
「サラマーよ!」
もう一人のインドラの妻サラマーである。側室である。万が一正妻である妻シャチーと息子ジャヤンタが倒れたときに備え地獄から再建するために結ばれたのだ。紅蓮色の防寒僧服を身に着けている。八寒地獄第七層にある紅蓮地獄を管理する者の象徴だ。手には血のような深紅色の杖。
「インドラ様!!」
抱きつくサラマー。
「お前はこんな姿になっても我を愛するというのか?」
その声も姿形もかつてのインドラとは似ても似つかぬ。それが仮初の姿だとしても。それも数十年かけないと元の姿に戻れないと分かっていても。
「はい……もちろんです。地獄を統べる真の王である事に変わりはありません。私は地獄の番犬の母であることに誇りを持ってます。そしてシャチー様との天界での楽しい一時も」
そう、シャチーは側室であるはずのサラマーを大事にしていた。
「息子らに鎧を着させてやれ。万が一のためだ。この戦に勝ったらサラマーよ、今度は正妻の妃として迎え入れよう」
「承知」
サラマーは泣いていた。
「それでは皆様、参りましょう。インドラ様……始原の裁き間に『雷帝剣』をすでに用意しております」
サラマーが言う雷帝剣……それはインドラがこの地で追い込まれたときに使う剣である。
天帝の逆襲は地獄から始まった。




