第四章 第一節 培養管 ※
培養管を管理する機器が蠢く鎧を照らしている。そして起動していない他の培養管も照らしていた。時折石造の扉の向こうから瘴気を含む風が吹き音がする。その音色は再生する命が発する悲嘆の音色のように聞こえる。
インドラは不死の躰となるソーマを飲んでいる大魔だ。ゆえに肉片や骨さえ残せば復活する。培養管に入れば。最初は肉片でもまるで毛細血管のように肉が広がる。イマはその肉と骨の成長を見るのが毎日の日課であった。闇の種を植える時のような急激な変化を楽しむ事は出来ないがゆっくりと肉体が変化する様を見るのも乙なもの。とはいえ数カ月でほぼ元に戻るのだが。
それはやがて人の形となった。地獄の亡者たちもこの方法で生き返らせる。そう……罰として刑期を終えるまで何度も肉体を復活させるためにソーマを飲ませて培養管に入れているのだ。イマは中の液体を全部抜き培養管の扉を開けた。残念ことにこのままでは弱体化した「人」としてしか復活出来ない。鬼族の誇りである角も当然生えてなかった。このままでは魔術一つも扱えやせぬ。イマはとりあえず出来上がった肉体を二の腕で抱え台座に置いた。一応確認したがもちろん両性具有は失われ中年男性へ退化していた。
すると培養管の扉が閉まり機能が自動で止まると部屋全体が闇に包まれた。が、闇の者にとってそんなことはどうでもよい。闇の者は闇の中でもしっかりと見える。
ソーマを飲んだ大魔はほかにも大勢いる。死んだ直後ならある程度大きな塊が残っていれば持国天のようにすぐに復活出るし、インドラのように肉片のみとなっても復活出来る。しかしイマがそうしなかったのは己の存在にとって邪魔で敵でしかなかったからだ。よってソーマを飲んでも彼らは滅びた。その中には妻のシャチーもジャヤンタも含まれていた。インドラは家族を失ったことをきっかけに絶望感を増すことでより強い魔王になるであろう。何、言い訳なぞいくらでも出来る。もう癌細胞化して魔族化はおろか人間化への再生すらも不可だったとか閃光を浴びて骨や肉片も無かったなどと言えばいいだけの事。現にシャチーは閃光をまともに浴びたせいで肉片どころか骨すらも無かった。再生不能である。インドラも我を怪しむことは無かろう。そう、ソーマも培養管にある液も細胞再生に関する液体なのだ。癌細胞の仕組みを応用したものである。
(ま、癌細胞化した後の血肉を培養管に入れると崩れた肉体に成長するから獄卒たちの実戦用具になるしそんな異形の肉の成長を見るのもまた我の楽しみの一つなのだが)
イマが居る部屋は大魔が万が一死んだときの復活用の部屋なのだ。獄に居る亡者を復活させるための部屋ではない。証拠に例の鎧と兜と仮面も揃えてある。そして特別に壁にかけてあった仮面を持ってきた。三つ目の仮面だ。
(そう……我は天帝を傀儡にして真の魔王となるのよ。この我……冥界の王こそが魔王の玉座にふさわしい)
裏切りの背徳に酔いしれイマは嬉しさのあまり啜り嗤いが止まらなかった。
仮面にはイマに有利になるように仕掛けが施されていた。心臓部である眼にバリアを張れる代わりに閻魔の指示に従わない場合は仮面から電撃を走らせ身動きが取れないようにする事が出来る。特殊な電撃で鎧兜すべてに強烈な痛みが伴う電撃だ。なお、これは肉体を得た後も継続する。それでも我に反逆するようであるならば肉体を得た後に転生管に入れてしまえばよいのだ。
(転生管に入れてしまえば天界・修羅界以外の世界で赤子から生きることになる。天帝にとってそれは最悪の屈辱であろうよ。最も前世の記憶など消えているがな。そうだな……我利我利亡者の奴にふさわしい餓鬼界に転生させるとしよう)
転生管とは刑期を終えた亡者が次に天界とアフラ神族が生きる修羅界以外の世界で転生するための管である。人間界、畜生界、餓鬼界のどれかに転生する。
まだこの肉体は意識を取り戻していない。ただの肉の塊にすぎない。そのため次にイマは鎧を纏った男が冥土物質でできた鎧を培養管の中にあった生物に装着させる。次に兜も装着させる。角も素早く復活させるために兜にはもちろん角の装飾も付いている。別に角の装飾が無くとも鬼族なら角はいずれ生えて来るが……このようにすると鬼族としての復活が早まるのだ。それでも標準体としての復活だから完全体だったインドラにとっては屈辱の復活なのだが。標準体から完全体に戻るには肉体を得た後にさらに絶望と闇の力が必要である。
――このような事まで教えてくれたのはほかならぬ天帝だしな
啜り嗤いながら小声で独り言を言った後……ゆっくりと培養管の中の人間にあった眼球を丁寧にもぎ取った。眼球は仮面の上に載せた。三つ目にするために眼球の一つは割って置いた。
冥土物質でできた鎧と兜は中の肉体をじわりと吸収していく。皮膚を、贓物を、筋肉を、骨を吸収する。
イマは闇の珠を取り出し呪文を唱えると珠から靄が生じた。インドラの魂が消滅せぬよう珠に封じたのだ。肉体が鎧に吸われる様をそのまま眺める二名がそこにいた。
眼球以外の血肉をすべて吸い終わるのを見届けた幽霊はゆっくりと鎧の中に入っていった。鎧の中に閉じられる音を幽霊は確認する。次に兜を装着させる。
「貴殿の仮面です」
そして最後の仕上げとして兜に仮面をはめ込んだ。仮面は眼球を吸い取った。
うまく合致したようだ。インドラは鎧兜の一部となった。目も仮面に吸収されやがて青き光が灯る。
用済みとなった空の「魂封の珠」は黒色から黄色へと変化した。イマは宝箱の頂に向かって掌をかざし深緑色の光を当てると宝箱の鍵を開けた。珠を丁寧に宝箱に仕舞った。宝箱が自動で鍵をかける。その時である。
(傀儡が動いた!)




