序章
――古代ペルシャ。
そこは、常に光の神と闇の神とが相剋する舞台。
人々は病に怯え、飢えに嘆き、神への怒りと諦念の狭間で背徳に沈んでいた。
光の神アフラとその一族による救いは、まだこの地に訪れてはいなかった。
ペルシャの大地では、標高の低い地に住む者ほど塵芥にまみれ、高き地に住む者ほど豊穣に恵まれる。
さらに天に近づけば、そこは氷雪の世界――。
人の世もまた然り。
地を這う者ほど塵に穢れ、上層に行くほど豊かとなり、頂に立つ者ほど冷たく、冷酷となる。
遠き昔、祖先たちはこの国の低地を「塵芥」と呼んだ。
それは「冥界」、すなわち“帰還なき地”をも意味する。
――あながち誇張ではなかった。
この地を覆う砂漠は、幾度となく人を呑み込み、骨を白く晒してきたのだから。
塵芥に染まる大地は、やがて漆黒に変わる。風が砂を運ぶ音は、悲嘆に濡れた涙の音色のようだった。
そんな塵の大地に、“絶望の子”が運ばれてくる。
――少年奴隷。
ペルシャ王国に敗れた民は、女と子が売られ、男は屠られる。白人の少年奴隷は白いターバンを巻き、白い衣をまとい、慰め者として差し出される。その白は、清らかさの証ではなく、忌み子の印だった。
白服は毎日洗われ、身体は水布で磨かれる。それは清潔のためではなく、支配の象徴であった。
山賊に拉致された者たちは闇市で密かに取引され、奴隷へと堕ちてゆく。出自がどうであれ、纏う衣と色は同じだった。敵国の力を削ぐために、そうした拉致は黙認されていたのである。
もっとも、表向きにはゾロアスター教の教えに反するゆえ、性奴隷は禁じられていた。
――それは、あくまでも“表向き”の話だ。
白服もまた「神に仕える者」を意味すると言われていたが、それも欺瞞に過ぎない。
ゾロアスターの教えでは、近親婚こそが至高の善とされていた。本来その果てに生まれる子らは、しばしば何かを欠くはずだ。
……それでも、この地では“それ”がほとんど起きなかった。
つまり、そういうことだ。それだけでは飽き足らず、男たちは男に欲を吐き出す。
暗き地下、闇が支配するその場所には、細かく仕切られた小部屋が無数に並んでいる。今日もまた、呻きと鎖の音が響く。
――まさしく、闇そのものの世界。
白き衣はやがて塵に穢れ、魂までも塗り潰されていく。
サーレヒーも、そんなひとりだった。
「サーレヒー」とは、“高潔”を意味する。
――なんという皮肉な名であろうか。




