表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

風が吹けば君が恋する

作者: 逢坂積葉

 昨日の昼からずっと雨。

 雨の日は嫌なことばかり起こる。

 濡れるし。

 泥は跳ねるし。

 髪の毛はうねるし。

 嫌なものは見るし。


 憂鬱な気分でベッドに寝転んでいると、頭の横でスマホが震え始めた。

 いつもより長い振動音に電話だと気が付く。

 目をやれば、拝み倒されて参加した合コンで会った男の名前。

 大学近くの居酒屋で、そいつは隣に座るやいなや、やけに馴れ馴れしく話しかけてきた。


「同じ講義取ってるけど知ってる?」

「⋯⋯知らない」

「そっかぁ。ナナちゃんって何か運動してた?」

「⋯⋯バスケやってたけど」

「あ、やっぱり!」


 何がやっぱりなんだろう。

 適当な男だな。


 帰り際、連絡先を聞かれて、メールが来るようになって、講義で会えば話したりして。


 それから──、


 蘇るのは昨日の記憶。


 ⋯⋯無視しようか。


 それでもゴロンと横を向いて電話に出る。

 目の前の窓に雨がぶつかる。


「もしもし」

「あ、ナナちゃん今大丈夫?」

「⋯⋯うん」


 用件はわかってる。

 “お礼”だ。


「昨日ありがとう。貸してもらってめちゃくちゃ助かった」

「⋯⋯うん」

「でさ、これ返すのとお礼もしたいからご飯でも行かない?」


 その言葉に思わず眉間に皺が寄る。

 黙るというより沈むような沈黙。


「あー、ごめん。そんな親しくないのにいきなりご飯とかハードル高いよね」

「いや⋯⋯そういうことじゃ」


 私の曖昧な返事に、電話の向こうで考え込むような気配。


「俺のことあんまり知らないもんねぇ」

「⋯⋯知らないっていうか、よくわかんない」


 昨日の今日でなんでそんなことが言えるのか理解ができない。


「ナナちゃん、今日忙しい?」

「⋯⋯忙しくはないけど」

「じゃあさ。質問してくれたら答えるから。それでなんとなく俺のこと知ってもらって、ご飯行ってもいいなと思ってくれると嬉しいんだけど」

「いや、そういうことじゃ⋯⋯」

「なんでもいいよ!」


 その声音に焦りみたいなものを感じて、それなら、と口を開く。


「雨が降ったら差すものなんだ?」


 聞こえてくるのは窓を打つ音。

 困惑したように息を呑む音。


 答えは昨日私が君に貸したもの。


「⋯⋯それ、質問っていうかなぞなぞだよね?」

「だから?」


 私の声に苛立ちを感じたのか、慌てて答えが飛んでくる。


「ひ」


 ⋯⋯ん?


「何? ひって言った?」

「うん。雨が降ったら日が差すでしょ」

「日が差す⋯⋯」

「違ってた?」

「⋯⋯想定とは違ってたけど、まぁ、正解?」

「ナナちゃんの答えは?」

「傘だよ」


 雨が降ったら差すのは傘でしょ。

 私が、昨日、わざわざ、ロッカーから持ってきて、君に貸した傘でしょ。


「傘かぁ。あー、傘本当助かったよ。持ってないときに限って雨降るんだよね」


 そして、雨が降ったときに限って嫌なことが起こる。


 君はその傘で、誰と一緒に帰ったの。


「じゃあ次は?」

「まだやるの?」

「いや、だってその質問全然俺のことわかんないよね」

「うーん⋯⋯」


 私は窓の外を睨みつける。

 空も心もどんよりとたちこめる暗い色。


「じゃあ、同じ読み方なのに違う意味の言葉」

「またなぞなぞ⋯⋯」


 だって普通の質問ができるほど、穏やかな気分ではない。


「一つは空に浮かんでいるもの。もう一つは足の数が、えーと八本?」


 だったっけ? と考える間もなく、


「たこ」

「くもじゃないの!?」


 即答されて即座に反応してしまう。


「そういえば、昨日たこ焼き食べたよ」


 電話越しののんきな声に、カッと苛立ちが増す。


 知ってる。


 昨日君が、私の傘に『女の子』と一緒に入って、たこ焼きを二人分買って帰ったことを知ってる。


 あの日親しげに声を掛けてきて、他愛も無いメールをして、楽しく話してきたのはなんだったのか。

 いや、別に君が誰といようと関係ないけど。

 関係ないけど、だったら私を誘うのはおかしいと思う。


 窓を叩く音は、まだ止みそうにない。

 嫌いだ。

 こんな日は嫌なことが起こる。

 やけっぱちな気分でまた問いかける。


「一つは空から降るもの。もう一つは甘い食べ物」


 甘い空気は微塵もない。


「あられ」


「⋯⋯なんでそっち。ていうかあられってしょっぱいよね」

「ひなあられとか甘いと思うけど」

「ひなあられ⋯⋯」

「うん。うち妹いるから毎年食べるんだよね。お雛様のとき」


 それから思い出したように君が言う。


「そうそう、昨日妹も傘持ってなくて、兄妹揃ってナナちゃんの傘に助けられたよ」


 傘。兄。妹。


「妹さん⋯⋯」

「うん」

「たこ焼き食べたんだ」

「え? うん。妹とたこ焼き食べたよ」


 ちょっと混乱している。

 窓の水滴を目で追う。

 線で落ちてくる雨が、丸く形を作る。

 透き通ったしずく。

 よくわからないまま、また聞いてしまう。


「透明で、冷たかったり、あったかかったりするものなんだ?」


「風」


 君の声が吹き抜けて、私の中の垂れ込めた雲が消えていく。


「ナナちゃんは覚えてないと思うんだけど」

「うん」

「めちゃくちゃ風の強い日があって」

「うん」

「俺、風の強い日って何かと不運に見舞われるんだけど」


 その気持ちはよくわかる。


「案の定その日も大事な紙がブワッて飛ばされちゃって。そしたらナナちゃんが、パシッて! それはそれはキレイにキャッチしてくれて、それで『やった!』て笑ってくれて」


 そういえばそんなことがあったようななかったような。

 けど、それつかめたのはたまたまでバスケ部関係ないと思う。

 補欠だったし。


「なんかそれだけのことなんだけど。風の日って嫌だなって思ってたのが、なんか嬉しくなって。それから気になって」


 私は音がしないように起き上がって、正座をする。


「それで、友達の友達に頼んで合コンに誘ってもらったんだよね」

「⋯⋯そうなんだ」

「うん。ごめん俺のことやっぱ全然わかんないと思うけど」


 私は背筋を伸ばす。

 だって昨日嫌だったんだ。

 君が女の子と歩いてて嫌だと思ったんだ。


 雨の日は嫌なことばかり起こる。

 決めつけてたけど、想定外のことだって起こるんだ。


 私は雨音を聞きながら君に言う。


「一緒にご飯行きたいです」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ