ひとりごと
君の消えた日は、梅雨真っ只中とは思えない、雲ひとつない快晴だった。
何もかもが私の見ていた幻だったように、君に関わるもの全てが、世界からきれいさっぱり消えていた。つけっぱなしのテレビが、今夜は星が降ると告げてくる。ちなみに明日の天気は、雨ではなく飴らしい。ぼうっとした頭のまま、とりあえず靴を履いて外に出た。
君のいない世界が、ゆっくり回りだす。
この世界に生きている以上、何をするにもそれっぽい、きちんとした理由がいるんだと思う。生きる理由。死ぬ理由。笑う理由。泣く理由。夢見る理由。愛する理由。世界は何時だって理由を求めている。
その日は私は、一日中寝て過ごしていた。動きたくなかった。何もしたくない。しかしどうやら、何もせず寝ているだけでもお腹はすくらしい。食べるものを買いにいこうと、外に出た。温い風が吹く。胸の奥が鈍く痛んだ。私が立ち止まっている間にも、季節は勝手に、狂うことなく進んでいる。
道端で拾った五百円で、コンビニでパンとジュースを買う。おつりは全部、路地裏にばらまいた。光をはじきながら地面に落ちていく硬貨が、何故だかひどくうつくしく見えた。
パンを食べながら考える。何もうみ出せないのに、時間を、金を、人生を、想い出を、その他ありとあらゆるものを消費しないと生きられないというのは、途方もなく虚しい。
愛も才能も友達も学歴も家族も恋人も何もかも、全部全部、お金で買えればいいのに。
そうすればきっと、もっと上手くいくのに。
なんとなく遠出しようと思い立って、電車に乗る。しばらくすると、私以外誰もいなかった車両におばあさんが乗り込んできた。
「お早う、今日もつまらないお天気ね」
窓の外の、雲ひとつない、綺麗なあおいろを見ながら挨拶をしてくれる。人から話しかけられるなんて、ものすごく久しぶりだ。どう考えてもそのせいだろう。
「嵐のほうが素敵ですよね」
なんていう馬鹿みたいな返事(今思うと返事にすらなっていない気がする)を返してしまったのは。彼女はそうね、なんてちいさく微笑う。そして、ピアノの音をふいと掴みとって、呑み込んだ。
いつだったか、知ってしまった。
現実には、白馬の王子さまも、魔法使いもいないことを。世界が途端に、色褪せた。
街に爆弾が降る、夢を見た。
粉々に砕けていく町を、私は笑いながら見ていた。
人間がみんな、爆弾に変わってしまえばいい。そして、跡形もなく消し飛んでしまえばいいのに。
次の日、テレビをつけると、隣街にUFOが墜落したというニュースをやっていた。残念。降ってきて欲しいのは、UFOだの宇宙人だの、そんなつまらないものではない。
言葉。景色。絵。綺麗事。理想論。夢。空想。きらきらした、綺麗なものだけ見ていたい。現実も、人間も、汚いものには蓋をして、醜いものは見て見ぬふりをしていたい。
辛いことが必ずしも自分にとっての益になるわけでもないし、苦しい思いをしても得られるものなんてない。
それなら、楽しいだけの人生がいい。何もしないで生きていたい。くだらないものだけ、見ていたい。
愛というものに定義があれば、世界はもう少し簡単だと思う。はっきりした“正解”を決めてくれればいいのに。
バス停のベンチに座って、空を眺める。あの青色の向こうには、何があるんだろう。天国でもあるんだろうか。道の向こうから、バスが近づいてくる。
立ち上がって、大きな欠伸をひとつ。
死にたくて、生きたくて、まだちょっとだけ夢をみたい。
だから、私は今日も世界を回している。