再び健太君のもとへ
どこだ、ここは?ゴミ捨て場か?真っ暗だし・・・それに何か臭いなあ・・・ん?何だこの臭い、水の
腐ったようなニオイだなあ。こんなことになるんだったら、亜美ちゃんの枕に頼んで、どこか紹介先を
探してもらっとくんだったなあ。それにしても、ほんと、臭いなあ。
「おい若造、そんなに臭い、臭い言うな!」
えっ、何だ、誰だ、誰だ?
「よく見ろ、お前の横だよ。」
「横?ん?・・・あっ、汚い枕だ!」
「そんな、汚いとか臭いとか言うなよ。おまえもゆくゆくはこうなるんだぞ。」
「僕もなっちゃうの?・・・ところで、おじさんも捨てられたの?」
「アハハハ、ここはゴミ捨て場なんかじゃないぞ。おまえ、何か勘違いしてるみたいだけどな。」
「えっ、ここはゴミ捨て場じゃないの?じゃ、いったいどこなの?」
「ここはなあ、健太君のお父さんの部屋さ。」
「健太君のお父さん?ってことは、おじさんは健太君のお父さんの枕なんだよね。健太君のお父さんって、
こんな変なニオイがするの?」
「そうだよ。おまえが言う変なニオイってのは、加齢臭って言うんだ。」
「これが加齢臭かあ。噂には聞いたことがあるけど、実際かいでみるとかなり刺激的だね。そんなことより
ここがゴミ捨て場じゃないってことは、僕は助かったんだね。」
「ああ、ご主人さんの気分でこんなことはよくあることだ。おまえもそのうち健太君のもとに帰れるから心配するな。それまでおれと同居させてやるよ。」
「本当?よかった!じゃあ、それまでクサイけど、ここで辛抱するよ。おじさん、よろしくね。」
「よし、わかった。ここで会ったのも何かの縁だ。おまえにひとついいことを教えてやろう。」
「えっ、何、何?」
「いいか若造、俺たち枕は、ご主人さんと12年過ごすごとに、魔法を使える力が与えられるんだ。12年、つまり人間の世界では干支が一巡する年だ。」
「魔法だって?どんな魔法?」
「おまえの願い事なら何でも叶えられる魔法だよ。どうだ、すごいだろう?」
「願い事かあ、何をお願いしようかな。ん、あと何年だあ?・・・まだあと7年かあ。長いなあ・・・それより、ほんとに健太君とこへ戻れるのかなあ。」
「アハハ、まあ、戻ってからゆっくり考えるんだな。」
おじさん枕の言ったとおり、僕が健太君のもとに戻るのに、それほど時は要さなかった。
「やっぱりこの枕が一番だな。カクニンジャーの枕は硬くて寝心地が悪かったもん。」
再び僕は健太君のもとに戻り、しかも健太君からこんな嬉しいせりふを耳にした。
わがままを言ってカクニンジャーの枕を買ってもらった健太君は、大喜びで、さっそくカクニンジャー枕を使い始めた。だけどずっと馴染んできた僕の寝心地のよさには到底及ばなかったんだね。すぐにいやになって、僕に戻ってきてもらいたいと思っても後の祭り。僕はもういない(はず)。それを十分承知している健太君だから、どうしようもない。1週間カクニンジャー枕を使ったものの、もう我慢できなくなった。
「お母さん、カクニンジャーの枕じゃ硬くて寝られない。ねえ、もっと違うの買って・・・」
遠慮がちにお母さんにねだる健太君。
「あれだけ欲しいって言っておいて、気に入らないの?新しいのなんて買わないわよ。どうしてもカクニンジャーので寝られないのなら、うちにある古い枕を使いなさい。」
そうお母さんは言うと、部屋から出て行った。
すぐに戻ってきたお母さんの腕には一つのまくらが抱えられていた。
「あっ、僕のだ、僕の枕だ!」
ひったくるようにお母さんの腕から枕を受け取ると、僕に顔を埋めた。と、その途端、
「えっ、何か臭い!・・・何、このニオイ。」
顔をしかめた健太君にお母さんは平然として言った。
「お父さんの枕の隣にずっと置いてあったからね・・・」
と、言い残し、お母さんは出て行った。