早くも健太君に捨てられる!
僕は枕。名前はないけど、使ってくれている男の子の名前が健太君。だから僕のことは、健太君の枕という名前にしようかな。
山本健太君は、Y大に通う2年生。20歳。成績は優秀、見た目もわりとかっこいいし、人当たりもよく女の子にもモテるみたい。でもちょっと頭が臭いのがたまに傷!?
今日は、今から彼女のユキちゃんが家に遊びに来る日だ。なぜわかるかって?・・・
それは、僕の下に正方形の包みが置いてあるからなんだ!中にはまあるいゴム。ユキちゃんが来ると、2人分の体重がかかって辛いけど、ユキちゃんの髪の毛はいつも甘い匂いがして、僕は好きなんだ。
もうすぐ3時。健太君達が帰ってくる時間だ。
ここで、健太君の家族について少し触れておくね。まずお父さんの孝一は、50歳。サラリーマン。帰りはいつも夜の8時過ぎ。お母さんの信江は、46歳。スーパーでパート勤務。こちらの帰りは夕方6時過ぎ。たっぷり3時間は楽しめる♪あと1人16歳になる妹、亜美がいる。L高の1年生。こちらは部活のソフトで、帰宅は毎日夜の9時過ぎだ。家族構成はこんなところ。
「バタン!」
あっ、健太君達が帰ってきた!何かおしゃべりしながら、2階への階段を上がってくる音がする。あのロングヘアーの甘い匂いがもうすぐかげると思うと、わくわくするな♪あ、僕、髪フェチじゃないけどね!
「ガチャ」
あれっ、ユキちゃん、髪、切っちゃったのかな?
「恵、狭い部屋だけど好きなところに座りなよ。」
という、健太の言葉に、ベットに腰掛ける、恵と呼ばれたその女の子。
「いい部屋だね。ベットも気持ちいい!」
と、両腕を大きく上に伸ばしたかと思ったら、大の字になって、ベットにいる僕めがけて倒れ込んできた。
ちょっと待ってよ。いきなりかよ!この女の子、大胆だなあ、てか、誰、この子?でも髪はすごくいい匂い。
「健坊、いつもホテルばっかだけど、たまには健坊の部屋もいいね!」
えっ、何だって!?いつもホテル!?ってことはこいつ、二股かけてんのか!あんなにいいユキちゃんを裏切るなんて、僕は許せないなあ!ってなことを思ってる間に、始まっちゃった。
絶妙のタイミングで、枕の下から四角い袋を取り出す健太君。いつも2人分の体重を支えるのは辛いけど、それが枕のしごとの一つだと思って、あきらめてるよ。それにしても、この恵っていう子の髪も、ユキちゃんに負けず劣らずいい匂いがするなあ。ユキちゃんの時もそうだけど、終わった後は、いつも僕を下に敷いて添い寝する。
「恵、愛してるよ。」
おい、ちょっと待てよ、何言ってるんだ、こいつ。おまえにはユキちゃんがいるじゃないか!とんでもないことになっても僕は知らないよ!
「ねえ、これからは健坊の家でしようよ。ホテル代ももったいないし。」
「でもなあ、親がいつ帰ってくるかわかんないからなあ。やっぱホテルでしようよ。」
ホテルでもどこでもいいけどさあ、上手にやらないとバレちゃうぞ。ユキちゃんにも、この恵って子にも。
(枕の心配が現実のものとなるとは、まだ誰も知るよしもなかった。今まさにユキちゃんが、健太の家に向かっているところだったのである。)
ではここで、健太君と僕との出会いについてお話するね。
健太君の家では、風変わりなしきたりというか、慣習があって、山本家に生まれた子には、新品のその子専用の枕が、生まれると同時に与えられるんだ。その枕とは一生を共にすることになる。もちろん棺桶の中までも。それが僕ってことさ。
健太君と僕との出会いは、1980年5月2日。名古屋市内にある産婦人科医院で産声を上げた健太君と、僕は初めて出会ったんだ。その時は、まだとっても小さな健太君には不釣り合いな大きな僕だったけど、これから健太君の人生に寄り添って行くんだなあって思うと、感慨深いものがあったっけ。赤ちゃんの頃は、僕はいつも濡らされてたなあ・・・健太君の涙とよだれで。お母さんがちょっと忙しいと、うんちをしても、しばらくの間はそのままほったらかし。臭いニオイにもまいったし。それから、天井からぶら下がっているグルグル回るものをいつも眺めていると、吐き気がしちゃったよ。あれは何だったのか今でもわかんないけど。
僕に最初の危機が訪れたのは、健太君が幼稚園に通い出した時のことだった。
当時、子供たちの間で大人気だったキャラクターの枕が欲しいと、健太君が言い始めたんだ。毎日のようにお母さんに、おねだりしていたんだけど聞いてもらえず、ついに僕をお母さんに内緒で捨てちゃったんだ!僕がいなくなれば、新しく枕を買ってもらえるって、作戦に出たんだね。
僕は、健太君の妹の亜美ちゃんの部屋のごみ箱に捨てられた。僕はゴミ箱の中で泣いた。泣いて泣いて、とめどなく涙があふれた。
「あんた、何泣いてんの?うるさいよ。」
その時、暗闇の中から声がした。
「えっ、誰?」
「あんたさっきから、うるさいのよ。捨てられたんだったら、しょうがないでしょ。それがあんたという枕の運命なんだから。」
「えっ、誰なの?どこでしゃべってるの?」
「あんた、鈍いわねえ。あたしが誰がわかんないの?あんたと同じ枕でしょ。」
「えっ!?・・・あっ、亜美ちゃんの枕か!」
「そうよ、やっと気が付いたのね。今の健太君みたいなことを反抗期って言うのよ。」
「反抗期って?」
「まあ、捨てられるってことね。」
「えっ、何それ!?僕、やだよ!」
「じゃあ、しょうがないから、枕の宅急便屋さんを呼んで、解約のハンコを押して、切手を貼って、他の誰かに送ってあげるわ。」
「えっ、そんなことできるの?」
「ば~か!できるわけないでしょ!それを反抗期って(ハンコ切手)言うのよ!?」
「・・・・」
「まあ、あきらめてしばらくそこに入ってなさいよ。」
「お母さん、僕の枕なくなっちゃった。」
と、言う健太に対して、あきれた顔でお母さんは言った。
「枕がなくなるわけないでしょ。ほんとは健太が捨てたんでしょ?」
「捨ててないよ、僕!」
「じゃあ、枕に足が生えてどこかに行っちゃったとでもいうの?怒らないから、本当のこと言ってごらん。」
「ほんとに怒んない?」
と、上目遣いで恐る恐るお母さんの様子をうかがう健太。
「うん、怒らないからどこに捨てたのか言ってごらん。」
「言ったら、カクニンジャーの枕、買ってくれる?」
「そんなに欲しいの?」
「うん、みんな持ってるんだ。たっ君もひろ君も。」
「でも健太の枕、捨てられちゃって、かわいそうでしょ?枕さんにちゃんと謝ったら、買ってあげるから、どこに捨てたのか、言いなさい。」
「・・・亜美ちゃんの部屋のゴミ箱。」
「亜美の部屋のゴミ箱ね。全くもう・・・!」
お母さんは亜美の部屋へ行き、ゴミ箱から枕を拾って戻ってくると、枕を健太の前に差し出した。
「健太、ほら、枕さんにちゃんとごめんなさいしなさい。」
お母さんの言葉に、健太は頭を下げ、素直に謝った。
「枕さん、ゴミ箱に捨てたりなんかして、ごめんなさい。許してね。」
許すも許さないも、大丈夫!僕は健太君と一緒にいられるだけで幸せだよ。
「じゃあ、きちんと誤ったから、約束どおり、カクニンジャーの枕買いに行こうね。」
えっ、ちょっと待って!そんなあ!僕はいったいどうなるの?カクニンジャー!?何、それ?
「それで健太、この枕はもうほんとにいらないのね。お母さん、捨てちゃっていいのね?」
捨てる!?冗談じゃないよ。ちょっと待って、お母さん、健太君!カクニンジャーなんてだめだよ!って叫んでも、僕の声なんて届くはずもなく、このまま僕は捨てられた!・・・