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7 没落令嬢とケモミミ少女

 奴隷商らしき男は、ひょろ長い背丈で、怪しげな笑みを浮かべている。格好だけはスーツスタイルで、俺とほとんどお揃いだ。嘘でしょ?


「奴隷が見当たらないようだが」


 テントの内側の空間にぎっしり――と思ったのだが、どこにも見当たらない。

 不気味な男と、紫色のランタンと、カウンターがあるだけ。


「お品物は下層にございます。しかし、はて? どちらの貴族様でございますでしょうか?」

「マーティン家だ」

「へぇ、……〝あの”マーティン家ですか……おっと、従者様、そんな恐ろしい顔をしないでください」


 意味ありげな物言いに、俺の気分は逆なでされる。

 どうやら、カトレアが侮辱されることに耐えられないらしい。右手が臨戦態勢に入りかけていて、静かに解除する。


「余計なことを言うなよ。俺とあんたは客と店員だ。売り買い以上の関係はない」

「ええ。心得ておりますとも」


 男が示す方向を見れば、確かに降りるための階段がある。


「ご案内させていただきます」


 カトレアの手をそっと引いて、後をついていく。

 下層――奴隷市場は、想像よりも遙かに広かった。

 ずっと奥まで続いている道の両サイドに檻があって、等間隔で商人がいるようだった。

 なるほど、一個だけではなく、複数の奴隷商が集まってこの空間を形成しているらしい。


「料金は奥へ行くほど、状態がよいほど高くなっております。また、人間の奴隷はレイノアでは違法ですので、そちらも高価なものとなっております」

「違法でも扱ってはいるのか」

「需要がありますので」


 反吐が出る。

 カトレアの手が震えていたので、近づいて、


「お嬢様、なにかあればすぐに俺に」

「……まだ、大丈夫」

「あまり無理なさらないように」


 大金を持っているわけではないし、奥に行くような勇気もない。

 手前のところでちゃちゃっと済ませるのが得策だろう。


「家事手伝い用の獣人を見せてくれ」

「かしこまりました」


 言って、男はすぐ横の檻を指さす。

 そこの一角が手伝い用らしい。中にいるのは屈強な獣人から、小柄なものまで。だが、数自体はそれほど多くはない。


 この中からどれか選ぶ……そう考えていると、カトレアの目は真っ直ぐ一点に注がれていた。

 白い体毛の狼人ウェアウルフで、性別はおそらく女。年齢は俺やカトレアよりもずっと幼い……八、九歳くらいだろうか。うずくまっているせいで、その判別も難しい。


「バート……この子、すごく苦しそう」

「この子にしますか」


 俺の優しすぎる主様は、体調不良が心配でしかたがないらしい。


 綺麗事だと笑われるかもしれない。

 だが、カトレアは人間の黒さを知っている。両親を殺され、一人になり、使用人から見捨てられている。

 それでもなお綺麗に生きようとする。

 だから俺は、そんな彼女の夢を叶えたい。


「決めた。会計を頼む」


 カトレアはもう、こっちのことを気にしていなかった。ひたらすに、檻の中の少女を不安そうに見つめている。

 料金やら保証やら、面倒なことはこっちで済ませ、檻から出した狼人ウェアウルフの女の子はカトレアに任せる。


 テントから出たところで、さっそくカトレアが言ってきた。


「ねえ、バート。なんとかできない?」


 ざっくりしすぎだし、俺ならなんでもできると信じすぎだお嬢様は。

 なんとかするけどさ……。


「状態を見せてください」


 奴隷少女はカトレアの腕の中で、時折苦しそうに呻いていた。

 熱がある。おそらく人間とは生態が違うだろうから、わかるのはそれくらいだ。


『生活魔法』で回復系も取ってあるが……それでいけるか?


「『励起治癒スポナリカバリ』」


 自然治癒力を高めることで回復を促す魔法だが、反動で体力を削ってしまう。

 早いところベッドで休ませてやりたい。スーツの上着を脱いで、小さな体をくるむ。全部とはいかないが、上半身は保温できるだろう。


 あとは、この手枷と足枷が邪魔だな。

 奴隷の象徴でもあるそれを注視して、懐から針金を取り出す。

 スキルツリー『愚者の嗜み』から獲得した『鍵開け』スキルを使って解錠。


 これで少しは楽になったはずだ。

 さっきまでうなされていた女の子も、今は落ち着いて眠っている。それを慈母のようなまなざしで見つめながら、カトレア。


「バートって、本当になんでもできちゃうわよね」

「お嬢様の家政夫ですから」



 痛みと飢えは、愛と温もりよりも親しい存在だった。

 名前というものを、少女は持っていなかった。最初から、売られるために生まれたのだから。

 繁殖能力の高い獣人の中には、生きていくために子供を売る家庭がある。

 彼女もまた、そういった境遇で生まれた。

 体が小さいが、狼人は力があって動きも素早い。家事手伝いや肉体労働の場で重宝される種族だ。その状況に適応できるよう、言葉だけを教えられた。

 だから。

 見知らぬ二人組の男女に与えられた温もりが、人生で最初に知った優しさだった。



 さて。

 狼人少女を新しく迎えたことで、マーティン家の資産はとうとう限界に到達したわけだが。


 もちろん、金を稼ぐアテはある。それも、一気に大金を得ることができるもの。さらに言えば、マーティン家の威厳を取り戻す足がかりになること。


 桜花都市レイノアは、一年中ピンク色の花弁が舞う、常春の街だ。気候のいい場所だけあって、国内でもこれほど貴族が集まる都市はないと言う。

 そんな街だからこそ、行われるイベントがある。


 ――レイノア剣舞祭――


 一年に一度、コロッセオにて行われる催し物である。


 出場制限はなし。貧民から王侯貴族まで分け隔てなく参戦することができる。

 方式は決闘。どちらかが命を落とすか、降参、無力化されるまで続く。

 剣舞祭とは銘打っているが、武器の種類に制限はなく、魔法を使うことすら許されている。


 そして、その舞台において優勝した者には莫大な富と名誉が与えられるという。


「ランバート・ホフマン。カトレア・マーティンの従者だ」


 誓約書の上にペンを走らせ、マーティン家の判を押す。

 もちろん、参加するからな。

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