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6 没落令嬢と奴隷市場

 午後の時間はというと、ちょっとした買い物があって街に繰り出していた。

 桜花都市の名に恥じず、大通りにもでれば延々と続くピンクのアーチが、常春の風情を感じさせる。ベンチに座って午後の揺るやかな空気を楽しむ人や、せっせと働く人。この街はとても健康的だ。


 パッと見は。


 この世界には差別が蔓延している。

 人類種だけでも多くのタイプがあるのだ。肌の色だけで奴隷にしていた地球より、差別が蔓延しているのは当然のこと。


 家の中から財布を発見し、さらに金になりそうなものはあらかた持ってきた。

 こうやって書くと泥棒みたいだな……実際、来てから二日目の家政夫がしていることにしては度が過ぎているけど。


「お嬢様、今から奴隷を買いに行こうと思います」

「奴隷? なんのために?」

「俺の仕事を一部引き継いでもらうためです。なにをするにしても、とにかく人手が足りないのでは困りますから」


 新しい従業員を雇うほどの余裕がないことは、カトレアだって理解しているだろう。

 言葉に詰まったように、だが、どう見ても受け入れてはいなかった。


「奴隷は、お嫌いですか?」

「あんなの……おかしいわよ。どうかしてる」

「そうですか」

「バートは許せるの?」

「良い制度だとは思いませんが、今、彼らから奴隷という身分を奪えば、飢えるのは奴隷たち自身です。許せなかったところで、救えはしません」

「そういう問題じゃなくて!」

「ええ。だから、いいじゃありませんか。不幸な奴隷を一人、救おうとしてみたって。そのくらいの綺麗事は言ったっていいでしょう?」


 真っ当な居場所を与えるつもりだ。リスクはあるが、カトレアが奴隷制度に反対だと言うなら余計にありな選択肢ではある。

 反対するなら、奴隷でなくなった後の生き方を示せ。

 それが、奴隷制度撤廃の第一条件なのだから。


「行きましょう」


 カトレアに半歩先を促して、後ろにぴたりとつく。

 常に周りへ警戒を。


 奴隷市場は裏道を進んでいったところにある。多くの貴族が訪れる場所だが、そこへたどり着くには暗く狭い道を抜けねばならない。

 明るい街中を歩いていたときとは、明らかに異質な視線がこちらを捉えている。金目の物を狙っているのか、物騒な雰囲気だ。


 スリやら人殺しが、ここには大勢集まっている。俺たちのことを獲物として、舌なめずりをしている音すら聞こえてきそうだ。


 奴隷市場の常連となる貴族は、位が高い家の面々ばかりだと言う。

 騎士団に所属しているだけの雑兵ではない、格の違う騎士を側に置いている者だけが、この先へ進めるからだ。


「……来るか」

「なに?」


 呟きが気になったらしいカトレアが振り向く。その背中にナイフが飛んでくるので、『柔風ウィンド』を出力高め、無詠唱で発動。勢いを殺す。


「失礼」


 カトレアの手を引いて抱き寄せる。


「な、なにっ? 急にどうしたのよ!」


 腰に手を回し、ダンスをするようにステップ。脇の小道から飛び出してきた小柄なスリを後ろ蹴りで仕留める。

 大丈夫。カトレアはなにも気がついていない。


「ば、バート? 顔が近いわ!」


 そうこうしている間に、真上から三人。

 斧や剣を使って串刺しにしてやろうと降ってきた。

 無詠唱で『洗浄ウォッシャー』を発動。水と風の複合魔法が、地面より高いところで彼らの動きを封じ、閉じ込める。


 だが、まだ減らないか。


「お嬢様、一気に進んでしまいます」

「へ? え?」


 安心しろ。怖い思いなんかさせないから。

 膝の後ろに手を入れ、


「捕まってください」


 強引にお姫様だっこにして、地面を蹴る。

 この世界に来てから、やけに身体能力が高まった気がする。

 高く跳躍して、壁の側面を蹴り、更に高く。両サイドの壁でそれを行えば、すぐに屋根の高さを超える。


「え、え、えええ!?」


 眼下に奴隷市場の、ぽっかりと開けた空間を確認。そこだけ夜の底に沈んだような、黒いオーラを纏っている。


「降りますよ。放さないで」


 声を掛ければ、ぎゅっと抱きついてくるカトレア。めっちゃいい匂い。はぁ最高。もう最高。ずっとお姫様だっこで駆け回れる。

 顔を真顔で保つのに必死だ。


 ナイフを処理するときも、スリから守るときも、ずっと頭は正常じゃなかった。

 だが、その時間も終わりだ。

 風を切って一気に高度を落とす。


「『柔風ウィンド』」


 風属性の基礎魔法。その出力を引き上げて、二人分の体重を緩衝する。

 着地はすんなりと、軽いジャンプをした程度の衝撃で済んだ。


 カトレアを降ろすと、こちらに気がついた女性が近づいてきた。


 色素の薄いプラチナブロンドの髪に、新雪のような白い肌。気品を感じさせる微少を唇に称えた、美しい人だ。

 優美な足取り。服装も、外出用とは思えないほどに煌びやか。

 よほど高位の貴族らしく、その後ろからついてくる従者も質のいい装備をしていた。


 おそらく騎士であろう彼は、俺に視線を向けると、露骨に怪訝な表情をした。主の手前、発現を控えているようだが、あれは絶対に「お前なんかがどうしてここにいる」の顔だ。俺にはわかる。

 学校で先生の後ろに隠れて睨んでくるやつの顔とほとんど同じだからな。


「あら、カトレアさんじゃない。ごきげんよう」

「アルファーレン様……ご無沙汰しております。――ほら、バートも頭を下げて」

「あ、はい」


 言われるままに俺も頭を下げた。


「およしなさい、そんなこと。私たちアルファーレン家とマーティン家は対等なのですから」


 優しげに微笑む女性は、そっとカトレアに手を差しのばした。

 ちなみに、どうしてその様子が俺に見えているかというと、心の中で「一、二、三」と数えて頭を上げたからだ。

 後ろに控えている騎士は、信じられないものを見る目をしていた。


「それで、今日はどの奴隷を買いに来たのですか?」

「えっと、それは……」


 助けを求めるようにカトレアが視線を送ってくる。

 ううん……多分だが、俺が喋ると後ろの騎士はぶち切れると思うんだがな。

 どうしたもんか迷っていると、アルファーレンと呼ばれた女性は、俺に興味を向けたらしい。


「あなたは、マーティン家の新しい使用人でしょうか?」

「……はい。ランバート・ホフマンと言います」

「そうですか。わたくしはシエラ・アルファーレンと申します。以後お見知りおきを」


 シエラさんの後ろでは、案の定騎士が剣の柄に手を掛けていた。

 よっぽど主様にご執心らしい。

 それは俺にしても同じことだが。


 シエラさんは、にこにこした表情で手を合わせる。


「ランバートさんはお強いのですね。あの道を、カトレアさんを守りながら抜けてきたのですから」


 苦笑いを浮かべる俺の横で、カトレアは「あの道? 守りながら?」と首を傾げている。


「あら? もしかして、危険だと気づかせてすらいないのですか?」


 シエラさんは感心したように俺へ手を伸ばしてきた。

 その微笑みには、吸い込まれてしまいそうな魔力が宿っている。見るものの心を溶かして、忠誠を誓わせてしまう。そんな引力があって――


「もしよければ、アルファーレン家で働いてみませんか? こう見えてもレイノアにおいては三本の指に入る家。待遇には自信がありますの」

「非常にありがたいお申し出ですが、カトレアお嬢様への忠誠を誓った身です」


 即答だった。そんなの、迷うような問いではない。


「あら?」


 心底不思議そうに首を傾げると、シエラさんは、


「フラれてしまいましたか。想定外ですね」


 興味はなくなったとばかりに振り返り、


「行きましょうルイズ」


 興味をなくしたとばかりに去って行った。

 その背中をぼーっとした顔で見送るカトレア。


「お嬢様、どうされました?」

「バート……」

「はい」

「さっき、あなた、連れて行かれそうになってたわよね」

「断りましたけどね」


 即答したやつな。


「何度も言いますが、俺が求めるのは富でも名声でもありませんから」

「知ってる。だから、私もこれから、何回も言うね」


 カトレアはどこか恥ずかしげにはにかむと、


「あなたが来てくれて、本当によかった」


 きっと知らないんだろうな。

 そんなふうに真っ直ぐな笑みを向けてくれるから、俺はここにいるのだと。この先も忠誠を誓えるのだと。

 恥ずかしいから、言わないけど。


「心の準備はできましたか? もし、嫌でしたら俺一人で行きますが」

「行くわよ」


 硬い表情で頷くカトレア。


「わかりました」


 それとなく手を差し伸べると、迷わず握ってきた。

 手袋越しに伝わってくる温もり。手袋を今すぐ外したい!


 なんて邪なことを考えながら、周囲を確認。


 シエラさんは帰るところだったらしく、路地の中に消えていった。見たところ、他の貴族がいる様子はない。


 俺たちの前には、巨大なテント型の建物。

 入り口の布を持ち上げて、中へ入った。

 室内は暗く、紫色のランタンがいくつかあるだけだ。異臭というほどではないが、妙に甘ったるい臭いが鼻につく。

 そしてその空間の真ん中に、そいつは手を揉んで立っていた。


「よくぞいらっしゃいました。この中に、お客様好みの奴隷がいればよいのですが」

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