5 没落令嬢と剣のレッスン
剣術で成り上がった家系。マーティン家。
その話は本当のようで、地下室の壁を動かすと、隠されていた武器庫が出てきた。
それはそれは興奮して、しばらくカトレアといろいろな武器を物色したものだが、本筋ではないので割愛する。
石を取り除いた庭の一角でカトレアと俺は向き合う。
互いの手には細剣と呼ばれる、細く長い剣が握られていた。刃が潰された訓練用である。片手で扱うことが基本で、空いた手には訓練用の短剣。
「お嬢様は剣を教わったことはありますか?」
「あるわよ。これでも、同年代では才能があるほうだって言われてたもの」
自信ありげな様子だ。同年代でも、と言う辺り、試合の経験もあるのだろう。
対する俺は、教える側なのに初体験。なんなのこれ? スキルの補正でいけると思うけど、にしても自信がまったく湧いてこない。
「では、実戦を繰り返しましょうか。そのほうが効率的です」
「そうね」
「お嬢様。俺のこと、殺すつもりできてください」
しばし沈黙ができたが、俺の目を見たカトレアは本気だと悟ったらしい。
すっとあごを引いて首肯する。
「……わかった」
剣術の練習を始めるに当たって、『生活魔法』の欄から応急回復の魔法も取得してある。万が一のことがあっても、俺が即座に治療すればいい。
腰を落とし、右足を前に。左足は引いて、細剣を正面に向ける。
「いくわよ」
「いつでも」
物事を単純化する、というのが上達の近道だと俺は思う。
コツを掴むために、まずはコツを見つける。
自慢じゃないが俺は、それが人よりも少しばかり上手い。
「…………っ、参りました」
突き出されたカトレアの剣を紙一重でかわし、踏み込んでカウンター。
前に踏み込んでしまったカトレアに回避することではできず、喉元に突きつけられた刃に動揺を隠せない。
「鋭さはよいと思います。ただ、正面から真っ直ぐはあまりに芸がない」
「……はい」
教える側と教わる側だからか、今はカトレアが大人しい。素直に頷いて、すぐに考え事を始める。
人に教わり慣れていないとできないことだ。
よほど俺の前任はよい師だったのだろう。
そして俺の主もまた、誰かに敬意を払うことのできる人だ。
「もう一度行きましょうか」
「お願いします」
自然と敬語になっているが、本人は気がついていないだろう。
真っ赤な髪をなびかせ、ルビーの瞳でひたと俺を見据える。そこには一片の迷いもない。
「では」
カトレアが突きを放った。だが、今度は踏み込みが浅く、牽制程度の威力。
手数を増やすことによって安全性を上げ、相手のカウンターを防ぐことを選択したらしい。
「ふむ」
見る。
ステップを踏みながら六秒ほど観察したところで、剣を横に薙いだ。
「策としては素晴らしいですが――少々、次の攻撃がわかりやすすぎます」
俺の剣がカトレアのものを弾き、できた隙に喉元へ刃を突き出す。
「全体を見るのです。相手の手元や剣だけではなく、視線や足の動き、腰の回転や逆手の挙動までを把握するように」
「はい! もう一回!」
俺からのアドバイスを受けて、視野を広げようとするカトレア。
「動きが鈍くなっております」
「もう一回!」
今度こそはと意気込んで向き合ってくる。
突くフリをして引き、カトレアが前に出てきたところを狩る。
「フェイントもあることをお忘れなく」
「大人げない! もう一回!」
前へ進むカトレアを引っ張るように、俺は常に一歩先を見つけて立つ。
もう一回を繰り返すたびに少しずつ成長する少女に負けないよう、試合のたびに俺も修正を加えていく。
午前中が終わる頃になると、カトレアはほとんど動けなくなっていた。
俺はというと、さっき取得した『自動回復』のおかげで疲れが緩和されている。
「このへんにしておきますか」
「もう、一回だけ」
ふらふらになりながらも、目は死んでいない。敗北を重ねるたびに光は強く、意志が固くなっていく。
「――素晴らしい」
本心が漏れた。
「では、これで今日は終わりです」
向き合い、構える。
風が吹き抜ける、その瞬間にカトレアは動いた。
ただ、ぐらりと力が抜けたように前に。
「おじょ――」
助けに行こうとしたのが失策だった。
彼女は倒れたのではない。踏み込んだのだ。
倒れるのではないかというほど力の抜けた一歩で。地面を柔らかくつかみ、その日最高の踏み込みをした。
そこから放たれる突きも、最高の速度。
「――っ」
咄嗟に首を動かしたが、掠った。
「やった! 当たった! バートに当たったわ!」
カトレアは満面の笑みで、疲れなど吹き飛んだかのようにガッツポーズ。
「ねえねえバート、どうだった? 当てられた感想は? ついに当てたわよ! ふふん、さすが私よね! マーティン家の血を――」
足払いをかましてやった。綺麗にすてんと転ぶカトレア。その喉に刃を突きつける。
「お嬢様〝の”、負けです」
「大人げない!」
どうやら俺も相当な負けず嫌いらしい。
短いので今日はもう一回投稿します