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3 没落令嬢とチート家政夫

「どうしたもんかな」


 使用人用にあてがわれた服に着替え、白い手袋をはめる。パキッとしたスーツにスラックスで、我ながら結構さまになっているんじゃないだろうか。


 とりあえず、前の使用人がやってくれていたおかげで部屋は汚れていない。洗濯物もあるにはあるが、さほど気になる量でもない。

 食材も……二日分ほどはありそうだ。


 となると、あれ、いっとくしかないか。


「お嬢様、さっそく庭の手入れに向かおうと思うのですが」

「ちょっと待ちなさいよ、どうしてそこから手をつけようと思ったの?」

「正直に申しますと、平らじゃないのが気に入らないからです」

「さっぱり理解できないわ!」

「整地作業より優先度の高いことはこの世にございません」

「もっとあるわよね!?」


 肩を上下させて怒るカトレア。

 むう……。可愛いなちくしょうめ。

 なんというか、貴族なのに貴族っぽくないというか。立場は上だと押しつけてくるが、なにより素直なのが憎めない。


「では、掃除洗濯と料理まで終わらせてしまいましょうか」

「そうして」


 魔法とやらが気になっていたところだしな。試し打ちしてみるとしよう。


 ――スキルツリー『生活魔法』展開。


 目の前に展開される一つの枝分かれしたマップ。

 基礎的な魔法を習得すると、その次へ進めるようになるらしい。


 『柔風ウィンド』『発熱ニューク』『水塊アクア』の三つを選んで習得する。

 するとツリーが明るくなり、新しい魔法が開放される。

 便利そうな『洗浄ウォッシャー』『温風ドライヤー』も取っておく。


 ……あれ? 習得コストみたいなものはないのか……。


 まあいいや。

 一旦この辺にしておくとして。


 それにしても生活感溢れる魔法だな……もうちょっとワクワクさせてくれてもいいのに。


「じゃあ、まずは洗濯物をやりますか」


 ちらっとパンツが目に入ったが、貴族だから気にならないのだろう。

 パンツが目に入ったんだよな。思いっきり、隠されもせずパンツなんだよな、パンツ。ピンク色で、花の刺繍が入ったお洒落なやつ。けっこうヒラヒラ。

 いやさ、じゃあ掘り起こせばブラも見つかっちゃうわけですか?


 ……この仕事、天職かもしれん。


「私もついていくわ」

「パンツもブラも盗みませんよ?」

「そんな心配してないけど!?」


 階段を上って開けた空間に出る。庭にまで行く必要はないだろう。

 洗濯物は一人分だ。

 カゴから取り出して、塊のまま宙に放り投げる。


「『洗浄ウォッシャー』」


 水と風属性の複合魔法だ。空中に生み出した水で服を濡らし、風で浮かべてかき混ぜる。傷まないようにしつつ、汚れが残らないように。


「……すごい、そんなことできるのね」

「そんなことって、魔法はこれが初めてで」

「嘘でしょ!? 複合魔法なんて使える人がそもそも少ないのよ!」

「そうなんですか?」

「もしかして、……実はすごい名家の出身だったり?」

「中流家庭ってやつですよ……っと、安定してきたか」


 作業のタイミングとか、力の加減とかに周期性が見えてきた。

 整地とかの作業ゲーでもそうするようにそっちへ割く意識を減らす。


 ――魔法の『半自律化セミオート』に成功しました。

 ――並列して他の魔法を行使することができます。


「……?」


 なにかが頭の奥で響くような気がした。

 さっきから、こういうことが何度かある。無視してきているのだが、……なんだろう。

 まあいいか。


「んじゃ、とりあえずあっちは置いておくとして。下に戻るとしましょうか」

「え……? 見てなくていいの?」

「もう切り離せたので」


 二面ディスプレイで片方は整地、もう片方で動画鑑賞をしていた頃が懐かしい。


「ちょっと待って! もしかして、『半自律化セミオート』に成功したの?」

「たぶんそれです……ああ、もしかして、俺ってすごいんですか?」

「すごいもなにも、……天才よ! 家事の天才!」


 そうか。

 聖者から弾かれていたから忘れていたが、俺もいちおうは異世界人ってやつだ。

 仕組みは知らんが、能力が図抜けているのだろう。


 ……嬉しくないなぁ。

 家事の天才ってなんだよ……もっと別の才能を与えてくれよ。


 下に降りたところで、部屋全体をざっと把握。

『生活魔法』のスキルツリーから『吹き掃除(ブロウクリーナー)』を習得。


 しかし、本当にどんどん習得できるな。

 これってスキルポイントみたいなのないんだろうか。貰えるものはもらうけど……。


「んじゃ、生活空間の掃除もしてしまいますか――」


 発生させた風を操作して、隙間に溜まっていた埃をかき集める。


 ――魔法の同時使用を確認。

 ――スキルアンロック『並列展開マルチタスク』魔法の同時使用時、消費するマナの量が減少する。


 また小さな声……。

 まさかな、これってあれか。

 気になって開いてみる。


「《スキルオープン》――って、なんかすごいことになってる!」


 なにがなんだかわからないけど、明らかにスキルの項目が増えている。


「どうしたのよ! なになに!?」


 のぞき込んでくるカトレア。近い、近いぞ、いい匂いしてるぞ。

 この距離感はよくない……肌と法に触れるッ!


「というか、見えるんですか……俺のことが」

「え、ええ、見えるわね!」


 なにをそんなに焦ったのだろうか。


「どうかなさいましたか?」

「ちゅ、」

「はい?」

「ちゅ、ちゅ」

「キスしてほしいのでしょうか?」

「忠誠心は本物なのねって言おうとしただけだし!」


 頬を朱に染めて、目に涙が浮かんでいる。


「冗談ですよ」


 軽やかに笑えば、頬を膨らませてそっぽ向いてしまった。


 だが、なるほど……忠誠心か。

 相手に忠誠を誓っていれば、自然に自分のことは隠せなくなっていく。それならば、変な輩にのぞき見される危険は――


「『鑑定』以外は、あり得ないということか」


 いつでもどこでもチートさんなことで有名な『鑑定』先輩。見ただけですべてを丸裸にしてしまう、恐ろしい子だ。


「バート、今もしかして『鑑定』って言った?」

「はい。知り合いが保持していたもので」

「どんな知り合いよそれ……『鑑定』って、歴代の『書の聖者』に与えられたユニークスキルなのよ」


 俺の知り合いとはそいつのことです。

 とは言えず、


「そうなんですね。長いこと関係が絶えていますから、近況は不明ですが」


 関係を繋いだこともないけどな。


 だが、苦しい言い訳だった。

 ぐっと下からのぞき込んでくるカトレア。


「なんか怪しいわね」


 これも貴族だから教わらなかったのだろうか。


 そのアングルからのぞき込むと、上目遣いだわドレスの隙間から胸の谷間が見えそうだわでヤバいんだと……。


「あっ、逃げるな! 待ちなさい!」

「お嬢様、あまり俺のことを誘惑しないでください」

「は? 誘惑ってなんのことよ」


 本人はさっぱり自覚がないらしい。なんとたちの悪い。


 頭を抱えたくなるが、教えるのもなあ……。だって今、っていうかこれから、俺とカトレアは二人で生活するわけで。

 その相手に胸が気になるというのは、


「お嬢様のことを性的に見ています」


 と言うのと同義だ……。

 言えない。なにをどう考えても、言えない。


「ちょっと!」

「ひゃい!?」


 ぎゅっと腕を掴まれた。

 当たってる。当たってる当たってる。柔らかいのが当たってんだってこのアホお嬢様!

 こいつあれだな、さてはビッチだな? さては俺のこと誘ってんな?


「バートは何者なのよ?」

「Dカップです」


 しまった口走った。

 幸いカトレアは未だなんのことかわからないらしい。


「ただのしがない家政夫です」


 柔らかい所作で掴まれた腕を取り返す。

 惜しいような気もするが、あれ以上は理性が死ぬ。


「……うそ」


 カトレアは目を見開いてこっちを見ていた。


「どうされましたか?」

「ねえ、バート。もしかしてあなた、剣術もできるの?」

「はい?」


 なんのことを言っているんだ。こっちは向こうの世界でゲーマーやってた帰宅部だぞ? 剣はおろかスイカも割れないくらいの筋力だ。

 そんな物騒な技術あるはずがない。


「いえ、未経験でございます」

「じゃあ、なにか武術をやってた?」

「スマ〇ラなら少々……」

「聞いたことのない流派ね」


 ゲームだもんな。

 多人数対戦用のゲーム。ちなみに俺は、苦手だし一緒にやる相手がいないしで、早々に引退した。

 一人でできないゲームなんて邪道だ。オンラインを介してさえ、ゲームは一人がいい。


「今、私の腕を払ったときの体捌き……ただ者じゃないんでしょう?」

「ああ、もしかして……」


 開きっぱなしだったスキルツリーを確認する。

『上流階級の嗜み』を開くと、既に全開放されたツリーマップが表示された。


「…………」

「…………」


 派生先はいろいろある。

 炊事洗濯家事掃除。一般的な家政夫に求められる技能が一通り。


 でもって、この身体能力の変異は――


『教育者』主人への適切な教育を行うためのスキル。

 そこから派生したツリーは、この世界の常識から魔法の基礎、剣術や棒術、弓術etc……ドン引きするほどのスキルが開放されていた。

 既に使える状態で。


「なんですか、これは」

「知らないわよ」

「これって、普通なんですか?」

「これが普通なら各家庭の家政夫は一人でいいわ」


 おかしいらしい。

 うん。見ててもおかしいもんな。


 ……この世界の家政夫ってなんなん? 引退した最強の老兵みたいなスキルじゃんこれ。もはや一種のチートじゃん。


「さすが、百年に一度の――いえ、レジェンド家政夫ね」

「だっせえ称号!」

「なによ、私のネーミングセンスが気に入らないって言うの?」

僭越せんえつながらクソダサでございます」

「敬語なら許されるってもんじゃないのよ!?」


 ぷんすか怒っているカトレアを横目に、スキルツリーを確認していく。

 ほんとになんでもできそうだな。


 さすがに『聖者』クラスまではいかないだろうが、なんでもできるというのは便利だ。


「うーむ」


 考え事をしていると、肩を叩かれた。

 振り返れば、どこか不安そうなカトレア。


「どうされました?」

「できるなら、剣、教えてよ」

「剣を……? なぜ?」

「マーティン家は、剣術で成り上がった家なの。だから……」

「ほう」


 それは名案だ。


「もう一度、剣術で成り上がろうということですか」

「そうよ」

「控えめに言っても天才的だと思われます」

「ほんとに?」


 表情がぱぁっと明るくなる。褒められたのが嬉しいらしい。

 可愛いなおい。俺の主様、定期的にものっすごい可愛いんですけど。

 この異世界やっぱちょっと好きかも。


「ええ。では明日から始めましょうか」


 考えていたんだ。どうやったらあの神共に一撃喰らわせられるか。

 方法は思いつかないけど、取りあえず強くならなきゃいけないことは確かで。カトレアと剣の練習をするというのは、素晴らしいことのように思えた。


「やった! やっぱり、お父さんとお母さんが選んだだけあるわ! 最高の家政夫ね!」


 おそらく選んだのはカトレアの両親ではないのだが。

 まあ、いいか。


「ねえバート。今日は思いっきり楽しい夜にしましょ」


 ルビーみたいな目が、キラキラしている。


「は?」


 それ、誘ってるだろ。

 完全にあれなあれだから。男女が一夜の過ちを犯すときのあれだから。


「もう少し俺にもわかるようにお願いします」

「歓迎パーティーに決まってるじゃない」

「言い方……」


 汚れているのは俺なのかもしれないが。

 大変な主を持ってしまったな。



 料理と後片付けを終えて、やることを終える頃にはカトレアは眠っていた。

 ソファの上で無防備な寝顔をさらしている。


「絶えろ……理性、頑張れ」


 慣れればどうにかなる。慣れるんだ。これが普通だ。

 深呼吸、よし。

 毛布を持ってきて上からかける。


 部屋のランタンを消して、俺は地下室から出た。

 ほとんど崩壊した屋敷を前に、両手を広げる。


「さあて、整地するか!」

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