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2 没落令嬢と天性の家政夫

 ――ランバート・ホフマン

 まあ、悪い名前じゃない。

 どこの誰が勝手につけたかは知らないが、格好いいとは思う。


「バート、あなたはどこから来たの?」

「あの……お嬢様、さっそく略して……」

「悪い? バートの方が呼びやすいじゃない」


 ううむ……。

 最悪、漆谷秋吉って名前は捨てるとして(一回死んだからあまり抵抗はないし)。

 バートというのはなんかな。間抜けというか、いかにも下っ端っぽいというか。やめてほしいのだが。


「なによ、文句でもあるの?」

「文句しかございません」

「なんて生意気な家政夫なのよ! せっかく迎えに来てやったのに!」

「お嬢様、あまり汚い言葉遣いをするな」

「あんたこそ敬語使いなさいよ! 主従よ、主従!」


 しまった。ついうっかり素が出てしまった。

 てへぺろだぜ☆


「失礼、恥ずかしながら他人に敬意を払い慣れていないもので」

「どんな人生送ってきたのよ!」


 自分でもヤバいとは思ってる。


「つーわけで、俺が敬語を使うのはピンポイントだ。覚悟しろ」

「覚悟するのはどう考えてもあんたでしょ! クビよクビ!」

「お嬢様、どうかお考え直してくださいませ」

「ムカつく!」


 事情は知らないが、お嬢様直々に家政夫を連れていかないといけない状況。

 しっかりがっつり足下は見させてもらうぜ! まさに外道!


 まずは主従関係を保ったまま、できるだけ力関係を均等にするところからだな。


「と言うのは軽いジョークだ……実際、敬語はこれから勉強する。すまんな、こっちのことに疎くて」

「……最初の質問に戻るけど、バート。あなたはどこから来たのよ」

「ご存じありませんか?」

「存じ上げないから聞いているんだけど」


 知っててもびっくりだ。だが、どうやって説明したものか。

 まさか元号変わり立てほやほやの日本からやってきました――なんて言っても伝わらないだろうし。


「遠くから来ました。としか言えないですね。いつかお嬢様にも見せたいものです」


 嘘は言っていない。


「そう。そこでなにやってたの? 見たところ、家政夫は初めてらしいけど」

「山を平らにしておりました」

「山を!? え、バートって炭鉱夫だったの?」

「いえ、土もろとも掘り出して真っ平らにするのです」

「どういうこと、……奴隷にもそんなことさせないわよ」

「まあ、趣味みたいなものですよ」

「私……あなたのことわからないわ」


 ドン引きされてしまったが、それはカトレアが整地をしたことがないからだ。

 一度でもあの魅力に取り憑かれてしまえば、二度と整地なしでは生きていけなくなる。


「これからは私の家政夫なんだからね。……ちゃんとしてよ」

「御意っていくゥ!」

「ムカつく!」


 やっぱ家政夫向いてないかも、俺。



「ふうん、で、どうして俺は幽霊屋敷に連れてこられたんですか?」


 目の前にそびえるのは荒れ果てた巨大な館。

 窓はほとんど割れ、屋根は剥がれかけ、庭は雑草が生い茂ったり、穴ぼこだったり、ゴミが捨てられまくっている。

 目も当てられない。


 まさか、ここが家だとか言わない……よな?


「うぅっ……」

「お嬢様ッ! 立派なお屋敷の面影は確かに存在してますよね! うん! マーティン家の威厳がそこはかとなく感じられます!」


 泣きそうになっているカトレアにハンカチを差し出す。

 この世界に来る前と服装は同じで、制服のポケットに入っていたものだ。

 よかった。ハンカチとティッシュは常備してる系男子で。


 しかし……マジか。

 これが家か。さっきも言ったが、もうお化け屋敷にしか見えないって。絶対出るぞ。割れた鏡に自分以外の誰かが映ってたりするぞ。

 どういう経緯でこうなったのか……。それを考えるのは、もう少しだけ後にしよう。


「ってことは、まず屋敷の修復からですね」

「できるの?」


 確かに、家政夫のやることじゃない気がしてきた。


「ちなみに、俺以外の使用人は?」

「見ての通りよ」


 いないらしい。じゃあ、やるしかないだろう。


「手の届く範囲は、やってみますよ」


 このぶんだと遺産とか、金銭もさほど余裕はないのだろう。

 どうやるかはわからないが……ガラスの調達とか難しそうだな。大工だったこともないし。こんなことならもっとちゃんと鉄腕ダ〇シュ見とけばよかったな。


「どこで生活しているんですか?」

「地下室よ。……そこだけは、安全なの」

「危険があるんですね」


 荒れ果てた庭を横切って、玄関の扉に手を掛ける。他のところからも侵入できそうなくらい、壁にも穴が空けられていた。

 刃牙の家だってもうちょっと手加減されたんじゃないだろうか……。


 そんなことを思いながら、階段を降りて一段と重厚な作りの扉を開く。


 目の前に広がったのは、ワンルームアパートくらいの空間だった。

 ぱっと目につくのは、ベッドとソファに、料理のできそうな台所スペース。

 調度品なんかは高級そうで、壁には本棚も置かれている。が、押し込んだ感が否めない。


「生活に必要なものは、全部この空間にあるのよ」

「どうして……こんな空間が?」

「元々はお父さんの書斎だったの。それを……っ」

「失礼しました。話したくないのなら、俺は聞きません」

「聞いて。あなたはそれで、私の家政夫を続けるか選ぶ権利があるわ」


 やめる選択肢まで差し出されるとはな。

 なにがあろうと、そんな道を選ぶつもりはないのだが……他に働き口もないし。


 部屋をざっと確認して、置いてある物をチェックする。うん。あるな。


「では、ハーブティーを入れてからにしましょうか」


 今思ったんだが、俺のクラスは執事じゃダメだったのだろうか。



 カトレアの話をまとめると、こんな感じだ。


 この世界には人類の国家が複数と、魔物の国家が複数混在している。人類というのはエルフを始めとする亜人も含まれており、差別問題なんかは当たり前。その国によって法律が違い、この国は人間優位なんだとか。


 だが、基本的には人類は一つの仲間。

 魔物たちの国家とは敵対関係にあるもの。ということらしい。


 国を為す、というだけあり魔物にも知性が備わっていることが判明してしまった。ないとは思うが、いざ戦闘になったら苦労しそうだ。


 それで、ここからが核心。


 マーティン家の当主が、魔物たちの国――黄泉の国『ザッハダルテ』と密通していたとの疑惑にかけられた。本人は当初、必死に否定していたが、最後には罪を認め妻と共に処刑された……。


 カトレアはある貴族の後ろ盾もあり、どうにか見逃してもらえた。


 だが、不信感は消えず、迫害や嫌がらせは露骨に続いて、先日ついに最後の使用人が夜逃げしたらしい。



 ひとしきり話を終えると、カトレアは震える手でカップを手に取った。


「だから……もしバートが辞めたいって言うなら、私は止めない」

「辞めませんよ」

「えっ……」

「だから、辞めません」

「どうして」

「やっていないのでしょう?」

「やってない、わよ……」

「だったら、証明しましょう。『ない』の証明は不可能だと、悪魔の証明なんて言われますが……この場合は違いますよね。真犯人ってやつを見つければいいのです」


 片膝をついて、椅子に座ったカトレアの手を取る。


「顔を上げてください。大丈夫。あなたには俺がいます」


 この手を放せば、一人になるのはお互い様だ。

 世界から見放されたひとりぼっちが二人。

 ならばこそ、


「もう、一人じゃない」



 ――社会への反逆心を確認、『忠誠』との同調により、スキルツリーを拡張します。

 ――『愚者の嗜み』主を守るために必要なスキル全般の習得が可能になる。

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