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冴えないゲーマーでも異世界なら美少女のために最強になれますか?  作者: 城野白
2章 炎剣少女とケモミミ従者の魔剣学院
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10 分岐点

 夜の風が頬を撫で、湯上がりの体温を奪っていく。吐く息は白く、コートのポケットに突っ込んだ手は冷たい。


 学長から話を聞かされ、その答えを出せずにいる。人気の少ない中庭でぼんやりと空を眺め、最後の言葉を思い出す。


 ――レイノアに、お主らしき少年を探している者がいるそうじゃ。


 黒髪黒目の、独特な話し方をする少女だと言っていた。一人で、必死で。ただ、ランバートという名前ではないらしい。


 ウルシヤアキヨシを探している。


 俺のところまで話が来たのは、黒髪黒目という特徴と、剣舞祭での一件があったから。リオさんを通じて伝わってきたらしい。

 六聖者の誰かなのは、間違いないだろう。

 だが、ほかの五人はどうした? なぜ俺のことを探しに戻ってくる?

 嫌な予感しか湧いてこない。


 あいつらは曲がりなりにも聖者で、戦闘能力においては俺を遥に上回る恩恵を受けているはず……なのに。


 足音が二つ。振り返って、手招きする。


「悪いな。呼び出して」


 カトレアとノアは、やや困惑した表情で近づいてくる。勘のいい二人は、俺の様子がいつもと違うことを察したらしい。


「少し、……大事な話があるんだ」


 周囲に人の気配がないのを確認して、二人に視線を。


「〝咎人グリム”のこと、学長から聞いたんだ。あいつらは俺のこと、狙ってくるかもしれない」

「――っ」


 覚悟していなかったわけではないのだろう。二人の表情は硬くなりこそしたが、驚愕というほどではない。


「どうすればいいかわからないんだ。俺がここにいないと、二人が危ないときに守れない。けど……俺がここにいると、二人を危険に巻き込むかもしれない」

「で、でも、バートなら〝咎人グリム”に勝てるわよね」

「確実じゃない。勝てるかもしれないし、負けるかもしれない……いや、違うな」


 自分で口に出して、気がついた。

 負ける。

 向こうに本気を出されたら、俺は確実に負ける。

 七人の聖者が全力を尽くし、やっと対等に渡り合える相手に、俺が一人で敵うはずがないのだ。心の中ではそれを知っていたのに、たった一度の幸運が思考を鈍くしていた。

 俺を信じてくれるカトレアに言われて、冷静になって、やっとわかった。


 俺は、そんなに強くない。


 エリナ先生とも引き分けになる。そのくらいの実力だ。スキルをいくら生み出したって、使う間を与えられなければ意味がない。防御を無視する攻撃だって、防戦一方じゃないのと同じだ。

 そんな単純なことにも気がつかず、目を逸らしたのは、自分への甘えだ。


 俺は……カトレアとノアを呼んで、引き留めて欲しかったのだ。


 今のままでいいと、守ってやれると信じたかった。これ以上の高みへ手を伸ばすにしても、学院というぬるま湯で。教師という立場で、なにを危険に晒されることもなく――たどり着くはずがない。


 あらゆるスキルの熟練度は既にカンストしている。習得できるものはすべて得た。

 だが、それでも足りないと言うのならば。

 茨の道を行く以外に、どうやって成長などあり得る? カトレアたちと同じ歩幅で行けば、間違いなく俺は置いて行かれる。ついていけなくなる。


 自惚れるな。見間違うな。

 自分の目指すものを、なりたい未来像を、失うな。


「悪い、カトレア。今の俺じゃお前を守れない」


 側にいたい。誰よりも近くで君のことを守りたい。

 だけど。今の俺には、守ることなどできないから。いたずらに君のことを危険に晒すくらいなら、俺は。


「出て行くよ。だから、しばらくお別れだ」

「どうして!? バートはもう……強いのに。誰よりもずっと、……強いのに?」

「弱いよ。俺はもっと強くならなくちゃならない」


 カトレアは唇を噛んで俯いてしまう。

 ノアは、どうしていいかわからなそうに、俺のことをじっと見て固まっていた。


「……行かせてくれ」


 長い沈黙があった。

 俯いたままでカトレアは手を伸ばして、俺の腕にぎゅっとつかまる。ノアもそれを真似てか、反対の腕につかまってきた。

 そのままじっと固まって、何度も言葉を飲み込んで、最後にカトレアはこう言った。


「死なないでね。絶対に」


 俺は静かに頷いて、そして。



 夜明けと共にレイノア行きの馬車へ乗った。







 桜花都市レイノア。


 大して間も置かずに帰ってきた街は、当然のことながら大きな変化は見られない。強いて言えば、道を歩いているだけで注目を浴びることくらいだ。

 気候はちょうど良く、道の木々は桜色の花弁を散らしている。


 マイアーズ学院長からの指示通り、大通りを歩いて行くとエルフの貴族が立っている。


「やあ、思ったより早かったね。バートくん」

「事態がここまで切迫しているとは思わなかったですね」

「そうだね。僕も驚いたよ。けど、そうだね。これは不思議なことじゃない」


 リオさんは踵を返し、やけに豪華なレストランへ入っていく。


「どういうことですか?」


 隣をついていきながら、質問を投げた。


「人間族に『聖者』が現れる時、魔族には〝咎人グリム”が現れ、争いの均衡を保つ。この世界ができた頃からあるルールみたいなものでね。互いの戦力は常に平等に保たれるようになっているんだ」


 ――まるで誰かが、操作しているように。


 核心を突かれるのと同時に、強烈な違和感にぶつかった。


 俺はこの世界に来る前に、この世界の神に会っている。そしてその神は、世界を救う英雄になれと。人の俺に力を託送として――結局それは、六人の聖者に与えられたけれど。

 外部からの絶対の干渉者、神は人間族に肩入れしている。


 それなのに、均衡?

 同じ時期に二つの力は生まれる?


 思えばおかしい。聖者たちは神から力を与えられる。


 だが、〝咎人グリム”はどこから力を得ている?


 神に匹敵する、相反する力が存在しているとしか思えない。

 神ではないなにか、神すらも想定外の存在が、この世界にはいるのではないか。


「…………」

「バートくんの知り合いだろう? 『書の聖者』の女の子は」

「…………」


 だとすれば俺はそいつに踊らされている?

 いつから? どこから?

 なにから?

 神すらも?


「バートくん?」

「すいません。なんでもないです。ええと、……なんでしたっけ」


 強引に思考を打ち止めにして、頭を振る。


「君を探している子のこと。この部屋に待たせているんだけど」


 レストランの一室、奥まった部屋の扉を使用人が開く。

 開ける光景。質の良い調度品と、円卓。並んだチェアの一つに、黒髪の少女がちょこんと座っていた。

 この世界に来て、見ることのなくなった黒髪黒目。ひどく寂しそうに縮こまる彼女は、


「須藤……やっぱり、お前か」

「うる、しやくん……」


 目が合うと須藤は立ち上がって、一直線に飛び込んできた。

 目を真っ赤にして、全身を震えさせながら、俺の胸の中に。しがみつくように崩れて、顔を埋めて泣き出す。


「生きてた……ひとりじゃなかっだ……」

「どうした須藤……ほかのやつらは?」


 必死に背中をさすって落ち着かせながら、俺は、聞きたくないことを聞く。

 予想できていた最悪は、彼女の口から告げられた。


「みんな、いない……ウチ以外、みんな、いなくなったんよ」


 聖者たちが既に、敗北したという事実を。

 俺たちの敵は、神よりも凶悪なものであることを。


 知ってしまったのだ。

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