2 入学試験
「ついた! ついたわよ!」
「わぁぁ」
揺れには慣れたらしく、カトレアは元気を取り戻していた。
その横ではノアも身を乗り出してキョロキョロしている。
爆走を続けた馬車は、二日後に目的のあるソフィスへ到着した。街門をくぐってすぐにわかる、この街の特徴。
――傭兵都市ソフィス
エルドレッド魔剣学院の卒業生が、そのままここで傭兵になることが多いという。だから道の両側には武器屋や防具屋など、戦いに必要な物を売る店が普通に並んでいる。食料品店との棲み分けもなく、日常へ溶け込んで。
見るからに強そうな人たちも歩いている。俺なんかだともやしっ子扱いされそう。
そのまま馬車は街を進み、中心部にある巨大な。あまりに巨大な建造物の前で停車する。
重厚な黒の要塞、といった感じだ。無秩序に四方八方へと広がっている。何度も増築されたのだろう。
これがエルドレッド魔剣学院……。
「でっか」
見上げれば首が痛くなりそうで、両端は視界に収まらない。奥行きもありそうだ。
学校と言えば高校までしか知らない俺にとって、このサイズ感はしっくりこない。そこらへんの城よりも広いんじゃないか?
馬車を降り、行者の人にお礼を言って、中に入っていく。
巨人用にしか見えない扉は開かれていた。そこを抜けると、教官らしき女性が腕組みして立っている。
細いフレームの眼鏡をかけて、神経質そうな印象。
「む、君たちが入学希望者か」
「そうです!」
「そ、そうです」
二人は背筋を伸ばし、姿勢を正す。
「そこの君は?」
「俺は入学希望じゃないです。付き添いみたいなもんで」
ふうん、と納得すると、
「私はエリナ。剣術の授業を担当している、教師だ。今日は二人の試験を担当する」
それだけ言うと、
「ついてきなさい」
踵を返して歩き始めた。
嫌な感じはしないが、淡々とした人だな。機械的というか、こなしているだけというか。だからなんだってわけじゃないけど。
エリナ先生についていくと、開けた空間にで出た。
下は地面、部屋の形は円形で広い。反対側にも扉があって……天井付きのコロッセオみたいな空間だ。
「コロッセオだ」
コロッセオだった。
エリナ先生は手元にある書類へ目を通すしつつ、指示を出してくる。
「先にカトレア・マーティンの試験を行う。次にノア。ランバートは私と一緒に来るように……ランバート?」
なにかが引っかかったような雰囲気だったが、エリナ先生はずんずん歩き出す。ノアを控え室で待たせると、俺たちは観客席へ。
座ってしまえばもう、完全に誤魔化しようがない沈黙。初対面の相手とこの緊張感は耐えがたいものがあって、質問してしまう。
「あの、入学試験ってなにをするんですか?」
エリナ先生は表情を変えないままで答える。
「訓練用の剣を使った実戦。相手は、在校生」
「在校生……?」
実力を測るためだけなら、教師が相手をしてもよいのではないだろうか。いや、違う。そのためだけじゃないから、そうしないのだ。
「まさか」
一つの考えがよぎったところで、カトレアの相手が現れた。
片手剣を装備した、俺と同い年くらいの男。その目はとても新入生の実力を測るような雰囲気ではない。
殺気にも等しい剣呑さを持っていた。
「在校生は負ければ退学。エルドレッド魔剣学院は、そういう場所だ」
「……っ」
「この試験で多くの生徒は、生まれて初めて真剣の意味を知る」
中心近くで相手と向かい合うカトレアは、明らかに緊張していた。怯えているようですらあった。
現れた在校生の彼に、状況を説明されたらしい。
だが、恐れたところで、震えたところで時間は待ってくれはしない。
俺にできるのは、ただ両手を組んで祈ることだけだった。
†
手が震える。じわりと冷たい汗が滲む。
カトレアはなんとか細剣に手を添える。
「始めよう。そっちからでいい。ルールだから」
少年は殺気をより強くして、自分の片手剣を抜いた。刃が潰されているとはいえ、はっきりとした敵意をもって向けられるのは初めてのことだった。
相手は魔物ではないのだ。同じ人間同士。
そして、負けた方は魔剣学院にいられない。
ゆっくりと息を吐いて、カトレアも構えた。
肌がビリつく感じ。一寸先が見えない、不安定な感覚。相手が自分よりずっと強く見える。手も足も出ない未来が見える。
その恐怖の中で、一つだけはっきりしたことがあった。
ここが、彼女の従者――ランバートがいる場所なのだと。なんでもないふうに「勝ったぞ」と微笑む彼が相手にしていたのは、こんなにも恐ろしいものだったのだ。
自分もやっと、その場所に足を踏み入れたのだと。
気がついたら、震えは収まった。
この先には一人じゃない。ランバートがいて、ノアもついてくる。
「お願いします」
はっきり言って、鋭い突きを放つ。
「――ッ!」
さっきまで明らかに動揺していたカトレアは、明らかに変貌していた。少年はその変化に初動が遅れる。後ろに跳んで距離を取るが、そこに追撃。
カトレアの鋭い突きが、何度も襲いかかる。
――いいか、カトレア。
――細剣の長所は、他の剣と比べて間合いが長いことだ。
――だから見極めるんだ。
――相手の攻撃が届かず、自分だけが攻められる間合いを。
相手の体全体を観察する。次の動きを予測して、一手先んじて行動する。
だが、少年もこの学院に籍を置く一人。
「舐めるな!」
強引に剣を絡めつけ、距離を潰す。
つばぜり合いからカトレアを押し飛ばすと、反撃に転じる。
よろめいた少女は、十分な踏み込みをすることができない。体勢も明らかに悪い。
だが、その瞬間。
カトレアの中で積み重なった経験が形になる。
ランバートとの訓練で、終盤になると稀に現れる状態。全身に力が入らなくて、ちゃんと踏み込めないのに、やけに鋭い動きができることがあった。
地面を完璧に掴んで、すべての力を伝える感覚が、ついにスキルとして花開く。
――熟練度が一定値を超えました。スキルを開放します。
――『妖精剣技』 浅い踏み込みで高威力の剣技を放つことができるようになる。独特の剣術。
それは、カトレアの人生で初めて訪れた福音。
熟練度上昇によるスキルの開放。
勝利を確信した少年の喉には、細剣の切っ先が。
真っ直ぐな瞳で相手を見据えるカトレアの首にも、刃が触れている。
ほとんど同時の決着。
静寂が流れる。
見つめ合った少年少女は、離れて刃を収める。
エリナは腕組みしてしばらく黙っていたが、立ち上がると堂々と言った。
「入学を許可する」