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エピローグ 魔剣学院へ行こう

 魔族の中でも高位序列の〝咎人グリム”。

 その中でも有名かつ悪辣な【冒涜】を冠する者の正体は、シエラ・アルファーレンだった。

 彼女の屋敷を捜査したところ、証拠になるものも山ほど見つかったらしい。


 人づてにこの話は広まっていき、たった一夜でレイノア全域に知れ渡った。それは同時に、マーティン家にかけられていた疑いが虚偽のものであることを示すものだった。

 という話を聞いたのは、失血と疲労で気絶したところから起きた後だった。睡眠自体が久しぶりで、やけに脳がクリアに感じた。


 カトレアの口から事後報告を受け、その後で三人で話し合いを行い。それからさらに一晩が明けた、今日。

 向かい合う椅子には、エルフの貴族。リオさんが腰掛けている。俺の隣にはカトレア、その奥にノアが腰掛け、事後報告を受けている形だ。

 それにしても、リオさんのフットワークの軽いこと軽いこと。従者をほとんどつけず、なんでも自分でこなしてしまう。


「議会にはアルファーレンの息がかかった人間がいてね。彼らも罪人として扱われることになるらしい。あとは、マーティン家の屋敷の修繕についてなんだけど」

「あ、それは」


 カトレアが口を挟むと、リオさんは書類から顔を上げた。理知的な瞳が柔らかく細められる。


「なんだい?」

「それは……手伝っていただかなくて、構いません」


 剣舞祭が途中で中止になり、その賞金はコロッセオや街の修復に充てられることになった。だから、俺たちは結局大金を得ることはできていない。

 だが、罪が晴れた今。破壊されたぶんの賠償金を得ることは容易いのだ。税金なり、犯人捜しなりすれば、簡単に集められる。

 集められるけれど。

 カトレアは、それを望まない。


「今、レイノアは大変な状況です。三大貴族の一つを失い、壊された物も直さねばならない。そんな中誰かの生活を圧迫してまで、この屋敷を守る必要がないと思います」

「本当にいいのかい?」

「はい」


 きっぱりと言い切って、カトレアは俺とノアの手を握る。


「私には、ちゃんと大切なものがありますから。バートとノアがいてくれれば、それで十分なんです」

「ははっ」


 リオさんはいっそ呆れたような笑みを浮かべた。

 俺もいい加減、カトレアの善人さには驚きを通り越して諦めのような感情を覚える。


「君は本当にすごいね。なるほど、ランバートくんが心酔するわけだ。それじゃあ、その話はなしにしておこう」


 膝を打って話を収めるリオさん。

 一段落ついたところで、俺から話を切り出す。


「あ、すいません」

「なんだい?」

「今回の件でリオさんに散々助けてもらって、さらに頼み事とか図々しいんですけど」

「剣舞祭の優勝者で、【冒涜】を討伐した英雄がなにを言っているんだい。今の君たちの願いを断ったら、末代までの恥になるよ」


 これを心の底から言えるのだから、リオさんも相当な変わり者だと思う。

 一つ息をついて、カトレアと視線を合わせる。

 これももう、二人で話し合ったことだ。


「カトレアを魔剣学院に編入させることは、可能ですか?」

「魔剣学院! なるほど、マーティン家は剣術の家庭だもんね」


 魔法および剣術について学ぶことのできる場所を、ちゃんと与えてやりたい。俺が教えるよりも、同年代の仲間としのぎを削って成長するほうが有益だと思うから。

 本来なら去年、カトレアはこの街の魔剣学院に入学するはずだった。しかし、裏切り者のレッテルを貼られたせいで入学予定は取り消し。家庭教師によるレッスンも、その時から俺に出会うまで絶えていたと言う。


「ただ、そうなると難しいなぁ。そっちの子も一緒だもんね」

「の、ノアです」

「ノアちゃんも、君たちについていくんだろう?」

「「もちろん」」


 ここは俺とカトレアの声が重なる。

 ノアは目を輝かせて、嬉しそうに頷いた。なにこの子可愛い。健やかに育ってほしい。


「うーん。候補がないわけじゃないけど、獣人もいられるところとなると……エルドレッド魔剣学院。とかかな」


 ぽん、と出た名前に、カトレアは目をぱちくりさせる。

 俺の持つ知識にも、その名前はあった。

 かつて剣の聖者として、人類を守り抜いたと言われる最強の男の名だ。

 エルドレッド魔剣学院とは、彼が創立した、この国で最も優れた人材が集まるとされる場所。歴代の“剣の聖者”も、そこから輩出されることが多い。


「学院長が知り合いだから、話を通せばいけると思うけど。どう?」

「行きます! 行きたいです!」

「そう? じゃあさっそく話してみようか」

「さっそくって……、え?」


 そう言うと、リオさんは立ち上がり、自分の机から水晶玉を持ってきた。

 長距離間での意思疎通を可能にするとされる魔法器。名前は確か、テレパスターだったはず。

 その表面をコツッと叩けば、ノイズが聞こえ、それからすぐに声が聞こえた。


「なんじゃ、リオルド。あたしゃ忙しいんだから遊びでかけてくるんじゃないよ」

「二日ぶり、マーズ学院長。今日は遊びじゃないよ」


 かなりの頻度で連絡を取り合っているらしい。仲良しかよ。


「編入したいって子がいるんだけど、どうかな?」

「編入?」

「面白い子なんだ。人の上に立つ才能がある」

「ほぅ……リオルドが推薦するとは、面白い子なんじゃろな。名前は?」

「カトレア・マーティンだよ」

「おおっ! 件の少年の、主か」


 件の少年というのは、俺のことだろう。なるほど。二日前にした連絡というのは、俺のことも含まれていたのか。

 もしかするとリオさんは、「僕の友達がね」と、各地へ広めているのかもしれない。

 なんというか、ちょっと恥ずかしいな。


「獣人の子も一緒なんだけど、そっちは初等部でいけるかな?」

「試験さえ突破すれば、誰でも受け入れておるよ。うりの学院に、正式な入学時期などありゃせんから」

「そうだっけ?」

「そうじゃそうじゃ。入学式を年一回行っておるだけ。卒業時期も、人によって大きく異なる。して、そのカトレアとやら、おるのか?」

「は、はい!」


 急に水を向けられ、声がうわずっている。

 カトレアは背筋をしゃんと伸ばすと、水晶に向けてお辞儀した。


「あの、よろしくお願いします」

「ああ。待っておるよ。従者の二人も、気をつけておいでなさい」


 ノイズが混ざって、連絡が途絶える。


「うまくいったね」

「リオさんって何者なんですか?」

「ただの貴族だよ。ただ、ちょっとだけ顔は広いかな。コネと人脈は生涯の宝だからね。僕がランバートくんと友達になりたかったのは、そういう側面もある」

「なるほど」

「幻滅したかい?」

「いえ、そういう形の関係はありだと思います」


 実際、リオさんは俺に相当力を貸してくれる。逆になにか頼まれれば、迷わずに引き受けるだろう。

 貸し借りの大きさで計るのではなく、あくまで感情でお互いを支え合う。

 なるほど確かに、この人も人の上に立つ人間なのだと思った。


「それじゃあ、出発は明後日くらいにしようか。シャクシャイス家から馬車を出そう」

「ありがとうございます」


 俺たちが顔を上げると、リオさんは満足げに微笑んでいた。







 その日の夕方、俺たちは夕食の買い出しに街を歩いた。

 ノアを真ん中にして、両側から俺とカトレアが手を繋ぐ。三人家族みたいに、ちょっと浮かれ気分で。


 向けられる視線は前とは違う。

 街を救った従者と、民衆を守るために剣を持った主人と獣人の少女。


 誰もが俺たちに申し訳なさと後悔の滲んだ視線を送っては、目を逸らしていく。事情を理解していない子供が石を投げようとすれば、近くの大人が諫める。路地裏の暴漢たちも、俺を見れば逃げ出していく。


 なにもかもが変わったこの光景に、カトレアは気がつかない。

 ときおり俺とノアを見ては微笑み、満足げに街を歩いている。


 なあ、カトレアに悪意を向けたやつらよ。

 お前らは今、どんな気持ちだ?

 自分の間違いを突きつけられ、彼女の正しさだけを見せられて。罰も与えられず、のうのうと生きていかなければならないのは、どんな気持ちだ?

 苦しいだろう。恥ずかしいだろう。後悔してもしたりないだろう。

 それを引きずって生きろ。お前らの心の中に、決して消えない汚点として。カトレアという少女を見誤ったという罪を背負っていけ。


「バート、怖い顔してる。怒ってるの?」

「いや、そうじゃなくてな」


 そうじゃない。ただ、


「ざまぁみろと思ってるんだよ」

「誰に?」

「さぁ? それは秘密ってことで」


 肩をすくめて歩くスピードを少し早くする。

 つられて二人も歩みを早め、カトレアは不満そうに、ノアは間に挟まれて楽しそうについてくる。


 強くなろう。

 どんな悪意からも、彼女たちを守り抜けるよう。

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