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家政夫伝説の始まり

――ポコポコポコポコ


 パソコン画面の中で、気持ちのいい音を立てながら分解されていくブロック。キーボードとマウスを機械的に動かして、周期的な動作を繰り返す。淡々と無心で、ゲーム世界に生成された山を平らにしていく。

 世界には、「そこに山があるから登るのだ」という人がいるらしい。だが、俺は違う。そこに山があったらまず、「どうやって平らにしよう」と考える。とうぜん、現実世界でできることではない。ゲームだからできることだ。


――ポコポコポコポコポコポコ


 音がいい。音が気持ちいい。あれだな。川の流れる音とか、波打ち際の音とか、そういうのとほとんど同じだ。リラックス効果がある。

 そう。俺はゲームをしているのではない。音楽を聴いているのだ。寝る前に心を癒やすヒーリングミュージック、ブルーライトを添えて。


「癒やされる……」


 殺伐とした日常の中では、明け方までこうやって没入しているのが唯一の楽しみ。だがそれでいい……それだけで、俺の人生は幸せだ……。


 そう。俺は、幸せだった。


 異世界転移なんて、しなくたって。


 †


 授業中に居眠りをしていた。五時限目。誰もが昼休みのダラダラを引きずったなんの変哲もない平凡な――いや。


 目の前にじじいがいた。白い髭を孫の背丈と同じくらいに伸ばし、エセ宗教の教祖が好きそうな白い法衣を着ている。ヴィレッ〇バンガードかロ〇トで買った物だろう。


 こんな不審者、学校にいただろうかと思って、思い当たったのは一人。古文教師が確か、こんなやつだった。

 源氏物語を教えるときにやたらとハッスルしていたから、生徒からは「イキリ源氏」とか呼ばれてたんだっけ。違う。独身だから「独り源氏」だ。


「なにをしておる? 勇者アキヨシ」

「なんですか、古典の授業なら聞いてませんよ」

「古典? 何の話じゃ? ここは日本ではないが」

「は?」


 そういえばさっき、勇者だとか言っていたような……。


「別の世界を救って欲しいという話なのじゃが」

「いやいや、自分の人生すら救えてない男になに言って――」


 周りの景色に気がついて、俺は言葉に詰まった。

 なにもない空間だった。いや、物質的な物がなにもないという感じ……夜空のど真ん中に浮かんでいるイメージだ。


「……もしかして、俺、死んだのか?」

「トラックのこと、覚えておらんか?」


 覚えている。


「だが、あれは避けたはずだ」

「よ、避けたっ!? ご、ごほん……っ!」

「ああ。しっかり避けたぞ。誰も怪我がなくてよかった」


 我ながら神がかった反射神経だったと思う。体のキレもよかったし、なにより嫌な予感というやつが働いたおかげで助かった。


「いや、し、心臓発作じゃったか。貴殿は心臓発作で死んだのじゃ」

「おい」


 ぐいっと顔を寄せて、睨む。


「うちの国じゃな、心臓発作は他殺を疑えって教わるんだよ」


 デ〇ノートみたいなこともあるからな。そしてそれは、目の前にいるようなうさんくさい、いかにも人間ではない存在に適用される。


「わ、ワシは知らんぞ」

「そうかい。まあ、死んじまったもんはしゃーないな」

「そ、そうか?」


 俺は肩をすくめて、やれやれと呟く。


「なるだけ強い力をくれ。いわゆるチートってやつか? なに、悪用はしないさ。人を傷つけたりはしない。必ず、人類の敵を倒すと約束しよう」

「お、おお! わかってくれたか! やはり地球の主神は話がわかるの。では、この『剣神』のクラスを授け――」

「死ねぇええええ! 奥義:滅神剣ッッッ!」

「なにをしおる!?」


 ちっ、仕留め損ねたか。

 紙一重で避けられてしまった。

 だが、手に現れたこの剣。素人の俺でも、すごい力があることがわかる。それこそ、――神を殺すこともできよう。


 なんでかはわからないが、神様らしき老人は怯えた顔をしていた。なんでだろう。ちっとも理由がわからない。


「あれ? 俺、なにかしましたか?」

「事故じゃよな? すぐに撤回すれば、今のは見逃してやるが……」

「神様で試し斬りしようと思っただけです。さあ、背筋を伸ばして」

「恨んでおるな!? 貴殿、ワシのことを恨んでおるな!?」

「ったりまえだ馬鹿野郎! 美人な女神様ならいざ知らず、こんなクソじじいに――ッ、死んで詫びやがれ! 奥義:神殺演舞ッッッ!!」

「なんてピンポイントな技を――! ええい、こうなれば致し方なし!」


 次の瞬間、手から剣が消えた。全身にみなぎっていた力も、すっぽりと抜け落ちてしまった。

 勢いを殺しきれずに、俺は姿勢を崩す。


「『剣神』のクラスは剥奪じゃ。貴殿にこのような力、与えられん」

「くそ、汚いぞ! それが神のやることか!」

「いきなり斬りかかった者に言われとうないぞ!」

「俺は性根が腐ってるからいいんだよ!」


「……そもそもな、貴殿を殺したのはワシじゃないんじゃよ」

「はぁ? サンタクロースは実在する?」

「信じろ! ワシは『英雄の素養がある人間がほしい』と地球の主神に頼んだだけで、こんな悪漢を呼んだ覚えはない! 泣きたいのはこっちじゃ」

「泣いていいのはロリ女神だけだ。立場をわきまえろ」

「本物の悪魔じゃな」


 しかし、俺を殺したのは別神ときたか。それは困った。目の前のヤツをボコボコにして憂さ晴らしをしようと思っていたのに、


「よくわかんねえから両方殴るか。それでいいだろ?」

「なに譲歩するような口調になっとるんじゃ!」

「ケチな神だな。民からの信仰もさぞや薄いと見た。あ、髪の毛もか」


 言ってから、あ、やべっ。と思った。

 これはさすがにやり過ぎた。目の前の老人(神)は明らかにぶち切れていた。どうやら俺、地雷をいっぺんに二つ踏んでしまったらしい。


「もう許さん! 絶対に許さんぞ! 今決めた――貴様には『家政夫』のクラスを授けてやろう! 一生誰かのために尽くし、その汚れた心を浄化するがいい!!」

「なっ――やり方が汚いぞ!」

「地球からは他の勇者候補を連れてくるとしよう。貴様はもう、用済みじゃぁああ!」


 バチン、と世界が切り替わる。


 †


 光。空気。地面。

 世界が、目の前に広がっていた。


 背の低い木が生い茂った森の中。


「……。どうしてこうなった」


 知らないはずの世界に、六人の見知った顔。

 だが、まともに言葉を交わしたことはほとんどない。


 性悪な神の采配の結果、俺以外のクラスメイトまで異世界転移することになったらしい。

神様「これで安心じゃな」

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