14 脈動する悪意
対峙する相手は、杖を持った壮年の男。クラスは魔道士。強力な魔法を駆使して相手を制す、手強い相手だ。
通常、魔道士は剣舞祭には参加しない。
後衛職である彼らは、剣士とは違って単独で戦闘を行うケースが少ないからだ。
個人で勝利するには、最低でも四つのスキルが必要になってくる。
『高速展開』『並列展開』『半自動化』『裏拍詠唱』
特に最後の『裏拍詠唱』は、展開する魔法の裏側で、別の魔法を紡ぐという人並み外れたセンスが必要なものだ。
この男、シェズはそれをやってのける。
「『陽火弾幕』」
杖の先から溢れ出した魔力が、十五の火球へと姿を変える。そのまま俺を目掛け、複雑な軌道で放たれる。
シェズのスタイルはシンプルだ。
高速で威力の低い魔法を放ち、敵を牽制。その裏側で高火力、必殺の一撃を準備し決着をつけるというもの。
手強い相手だ。簡単に勝とうなどとは思っていない。
だが派手に勝つ。
「『陽火』」
火力上昇。範囲拡大。
炎と一体化した剣を、横に薙ぐ。すべての火球を飲み込んでなお、炎は赤く燃え続ける。
魔法剣の最大の利点は、剣士が苦手とする魔法を斬ることができること。間合いの外側から攻撃されるだけではなく、その内側に飛び込むのも楽になる。
シェズは興味深そうに目を細める。
魔法を撃たないのか?
ぞわっと体温が下がった。視界に影が差す。
違う、打たないんじゃない。もう撃ち終わったんだ!
真上から襲いかかる大量の水弾。一撃は大したことのないものだが、喰らえば隙ができてしまう。
「――こいつっ」
最低限だけ切り捨てれば、炎がジュウッと音を立てて水蒸気になる。
すぐに魔法を展開しなおし、炎を纏わせる。
『陽火剣』×『柔風』
「『魔炎斬り』――!」
炎に載せて斬撃を飛ばす。だが、シェズが目の前に作った水の壁で防がれる。
なおも敵は涼しげな顔をしている。やはり本戦だけあって、対戦相手の質がまったく違う。
……しかし、それにしても。
「さてはあんた、予選は手ぇ抜いてやがったな」
「お互い様だろう。勝ち残る人間は、手の内を明かさないものだ。大一番で勝つために」
「それもそうか」
納得した。確かに、予選で爪を隠すのが本戦を勝ち上がるには利口なのかもしれない。
想定からは外れたが、仕方ない。
地味な技だが、苦戦するよりはマシだ。
少しだけ全力を出す。
「なら、俺もそうさせてもらうよ」
「は?」
シェズの目が見開かれた。
だがもう遅い。反応したときには既に、首筋へ刃が当てられている。銀色にきらめく鋼の先では、男が愕然としていた。
五メートルほど開かれていた距離は、一瞬でゼロになっている。
『体術』×『洗浄』
水と風で凝縮した足場を作り、爆発させることで強力な推進力へと変換する。
「『月影渡り』」
一瞬で彼我の距離をゼロにする、移動用スキルだ。
シン、と静まりかえった闘技場。すべての音が失われた。
「悪いけど、俺は負けられないんだ」
†
「バート!」
初戦を終え、着替えてから控え室で待っていると、赤い髪のご主人が入ってきた。
後ろから続いて、ノアも駆けてくる。
「どうしたよ。そんな焦って」
椅子から腰を上げ、突撃してきそうな勢いを抑える。どうどう、どうどう。
「あれはなに!?」
「ずるい技」
「じゃなくて! ちゃんと説明して」
「ノアも、気になります」
いや……正直に言って、あれはほとんど反則だと思うんだよな。できれば使いたくなかったし。手札が一枚減ることになるから、見せたくなかったんだけど。
使ってしまったものは仕方がないか。
スキル合成のことはもう話しているので、二人は驚かなかった。ただぽかんとした様子で目を丸くして、
「えぇ……」
ちょっと引いていた。
「もしかして、他にもあるの? ずるい技」
「もちろん。でも、トーナメントは『月影渡り』だけで切り抜けたいかな」
「もちろんって……」
軽く伸びをして、よし。この話題は終わり。
「ちょっと外でも回るか」
ぴくっと身を固くするカトレア。ノアも不安そうにしている。
確かに、あれを見せられた後では行きづらいだろうが。
「なに、もう大丈夫だろ」
不安そうにする二人を手招いて、外へ行こうとしたその時。
「ランバート殿ッ!」
大慌ての係員が部屋に飛び込んできた。
息を切らし、そのまま倒れ込んでしまった。助けようとするが、先んじて言われる。
「魔物が! 魔物が街に!」
「なに!?」
「地下水道から侵入されたようで、……どうか、どうかお力を貸してください」
「わかった。すぐ行く」
まさか、こんな段階でしかけてくるとは……!