10 狼人少女と万能従者
タイトル安定しないな!!
ぐったりした二人を抱え、マーティン邸に戻ったのは翌日の明朝だった。
疲れ果てて起きないカトレアを寝かせたままで、一人、家事をしている。
時間は昼前。どうせ起きないだろうからと、さっきまでは整地作業に勤しんでいた。
ここ最近の能力上昇で、かなり土地を平らにする能力も上がった気がする。
嬉しい。
次はどうやって綺麗にしようか……そんなことを考えていたら、ガサリと物音。
振り返れば、眠たげに目を擦りながら立つ、白い体毛の狼人がいた。
獣化して溜まっていたぶんを消化したからか、今はかなり人間に近い見た目をしている。
「起きたか」
「っ……!」
俺の声は聞き慣れていないのか、ビクッと背筋を伸ばして固まってしまう。
男の低い声というのが、苦手なのかもしれない。
だからといって裏声猫なで声ってのもなぁ。
まあいいや。慣れてもらうしかない。
「ソファ座っててくれればいい。今、飯作ってるところだから」
指させば、こくりと頷いて素直に従う。
燻製肉を厚切りにしてフライパンに載せ、焦げ目がつくまで熱する。ほどよいタイミングで隣に卵を落とし、目玉焼きに。
昨晩作っておいた豆のスープをよそって、軽くあぶったパンも皿に載せる。
最近の流行は、全部を一枚の皿に収めるワンプレート式ってやつだ。見た目お洒落で、カトレアも喜んでくれる。
ざっと三人分準備したが、まだお嬢様は起きてこない。
……それもそうか。昨日あれだけ出血したのだ。
『励起治癒』をかけているから、回復は早いはずだが。その一方で、睡眠は欠かせない。
もう少し寝かせて、あまりに起きてこなかったら起こすとしよう。食事も大切な回復の条件だ。
完成したものを前に出すと、小さな女の子はおろおろと辺りを見回し、なにか思いついたように皿を持ち上げる。
どうするつもりか見ていると、スタスタ歩いてカトレアの眠るベッドの方へ歩き出した。
「まてまて」
「……?」
「それはお前のだ……っていうか、名前はなんだ?」
ぐぐっと首を傾げる角度が大きくなるだけで、答えはない。
「名前、自分の……もしかして、ないのか?」
「しらない、です」
「……」
どうしよう。
これじゃあ呼ぶときに不便すぎる。いや、ないなら、決めるしかないのだが……。
カトレア、起こすか?
「座って、それ食べていいから。っていうか俺も食べるんだけどさ」
まずは先延ばしだ。問題が発生したら先延ばしにして、その間に対応を考える。
自分の皿も持って行って、ソファの反対側に腰を下ろした。
それで、向かい合う形になる。
今日で一緒に暮らして十一日目になるが、面と向かうのはこれが初めてのことだ。
ちょっとというか、だいぶ気まずい。
「あの……」
「どうした?」
「これ」
「食事だな」
「……いいんですか?」
「ここはそういう場所なんだよ」
素っ気ない返しになってしまうが、この程度で感謝されても困る。
食べる寝る遊ぶ整地する。子供なら当然の権利なのだから……。
「……」
俺が手を合わせて食べ始めても、一向に食事を始める様子がない。
ううむ……。
じゃあ、これならどうだ。
「これはカトレアのための命令だ」
「めいれい……っ」
このほうが従おうとしてくれるらしい。やはり根っこが奴隷というか、そういうふうに育てられたのだろう。
簡単に変えられるものではないが、じっくりやっていくとしよう。
「ちゃんと食べて、カトレアを守れるように強くなること」
「……つよく、なる」
言葉ごと飲み込むように頷いた。オーケイ。
「でもって、綺麗な食べ方を身につけること。それは俺が教えるから、真似してくれればいい」
こうして、奴隷少女への教育が始まったのだった。
†
カトレアが起きてきたところで、俺の方は剣舞祭の予選へ向かわなければならなくなった。
結構な試合数をこなしてきたが、やっとこれで最後。勝ち上がれば、来週行われる本線へ出場できる。
本戦の賞金は今までの比にならない……が、屋敷を修繕しようと思ったら、最低でも優勝。それで賞金は全部パーになる。
慣れた手順で受付を済ませ、闘技場に入る。
観客は上流階級の人間ばかりなので、野次はほとんどない。拍手で迎えられるという、どこかむず痒いシステムだ。
『収納魔法』で取り出した片手剣を腰に佩いて、鞘から抜く。
反対側から入ってきた対戦相手は肩に巨大な戦槌を担いでいる。体格も圧倒的だ。身長は二メートル以上は軽くあって、体重も百二十キロはあるだろう。あれを喰らったらさすがにひとたまりもない。
四メートルほどの間合いを取って、両者向かい合う。
……さて、どうしたもんか。
真っ直ぐに剣術だけで勝ってもいいのだが。せっかく本戦に出場するからには、派手に魅せる勝ち方も覚えておきたい。
「両者、向かい合って――」
試してみるか。
『星を刻む者』、展開。
新たなスキルを作成することができる、新しい力だ。だが、想像すればいいってものではないらしい。既存のスキル同士を派生させることで発展させる、いわばスキル同士の融合をする能力だ。
目を閉じ、二つ引っ張り出す。
『剣術』×『水塊』
「始めッッ!」
目を開き、発動する。
「『滑水剣』」
刀身を水の魔法が覆い尽くす。『半自律化』によって維持の自動化。
振り下ろされる巨大な戦槌。その横っ面に、刀身を走らせる。軌道をずらせば、戦槌は轟音と共に地面へ叩きつけられる。
抗うな。水のように抵抗なく、相手の力を使って体勢を変える。
前傾姿勢。思いっきり踏み込んで、突きへと動きを繋げる。
間合いの外だが、届く。
『滑水剣』×『柔風』
刀身に纏わり付かせていた水を、風で纏め上げて飛ばす。
「『魔風突き』――!」
凝縮された魔力の一撃が対戦者の胸に当たり、弾ける。風と水で作られた嵐の卵が孵化して、闘技場に暴風を巻き起こす。
喰らった巨漢はひとたまりもなく、フィールドの端に飛ばされていった。
「……あーっと」
しん、と静まりかえる空間。
「しょ、勝者……ランバート」
ちょっとやり過ぎたかもしれん。