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善の魂

作者: みやヴぃ

1、出会い



  山崎巧はいつもどうり家を出て、にぎやかな高層ビルの立ち並ぶ隣町に


向かった。彼の住む町は何もない田舎町なので、暇をもてあますためにわざ


わざ出向くのである。山崎は、髪を金色に染め、耳にはピアス、服装もだら


しないものだった。彼は不良だ。両親は仕事で家にいることはほとんどなく


それをいいことに好き放題している。


隣町につくと、そこでは彼の友人たちが待っていた。彼らとともに、また無


駄な時間を過ごすのである。コンビニの前で集まって、タバコを吸いながら


だらだらと会話する。話のねたが尽きれば、ゲームセンターに行って、時間


をつぶす。そんな日々がこれからも続くものと思っていた。


今日も山崎達がコンビニでたむろしているところに、一人の男が近づいてき


た。外見からすると、40代あたりに見える。そして、彼らに言った。


「君たち、まだ未成年だろう?タバコなんか吸っちゃだめだろ」


「うっせえな、おっさん。帰って寝てろよ」


山崎の友人の一人がそういった。


「そういうわけにもいかないな。長生きしたくないのか?」


男は食い下がらなかった。


「いーよ別に、こんな人生死んだも同然だからな。」


そう言ったのは山崎だった。


「そんなことはないよ。君たちはまだまだ若いんだから、諦めちゃだめだ」


「おい、行こうぜ。こんな奴にかまってられるか。」


山崎はそういい捨てて、友人達とともにコンビニをあとにした。後ろの方


で男が何か言っていたが、すぐに人ごみにまぎれるとたちまち喧騒にかき消


された。


そして、しばらく移動してから別のコンビニに立ち寄った時に山崎は財布が


無いことに気がついた。


「やっべえ、財布落としちまった。」


「ははっ、だせー。さっさと探してこいよ。」


山崎はさきほど通った道を引き返した。落としたとするなら、たむろしてい


たコンビにしかない。だが、コンビニに来たものの、どれだけ探しても見つ


からなかった。金がなければ遊ぶこともできないので、山崎は帰ることにし


た。山崎は不良ではあるが、恐喝することはなかった。単に臆病なだけでも


あるが、人のものを奪うほど腐ってはいなかった。


諦めて帰ろうとしたその時だった、後方から声をかけられた。


「君はもう帰るのか?」


山崎が驚いて後ろを振り向くと、そこにはまたあの男がいた。


「しつこいな、目障りなんだよ。」


山崎の暴言を気にすることなく、男は笑顔で答えた。


「ほっとけないんだよ。こんな所で人生を無駄に過ごすような若者はね。


あっ、自己紹介がまだだったね。僕の名前はは善永。善永巧だ。君は?」


「山崎巧だ。」


なぜか山崎は無視できずに名乗ってしまった。


「同じ名前か。奇遇だね。」


これ以上付き合う必要もないと思ったので、山崎は歩き出した。すると、そ


の後を善永がついてきた。


「なんでついてくるんだよ!」


「僕も帰り道が同じなんだ。たまたまだよ。」


結局、善永は山崎の自宅前までついてきた。山崎の住む町は自然に囲まれて


いて。あるのは田や畑ばかりである。


「なあ、おっさん。もういいかげんにしろよ。なんか恨みでもあんのか?」


「いや、そんなことはない。ほんとに偶然さ。ほら、あれが僕の家だ。」


善永が指した方向は山崎の家から右斜め向かいの家だった。


「めっちゃ近所じゃねえか!」


「あっ、そうだ。これを渡さなくちゃね。」


そう言うと、善永はポケットを探って財布を取り出した。


「俺の財布!おっさん、なんですぐに返さなかったんだよ!」


「あの時返したら、すぐに遊びに使ってしまうだろう?それに、このお金は


君の親が懸命に稼いだものだ。無駄遣いはいけないよ。」


「何に使おうが俺の勝手だろ。もうかかわってくんなよ。」


そう言って山崎は善永から財布をひったくった。


「山崎、ご両親はどうしてるんだ?」


「あんたには関係ないだろ。」


山崎はそういい捨てて、家に帰っていった。




  2、許されない過去    



  その後の善永は、家を出て行く山崎を捕まえてはいろんな話を聞かせる


ようになった。著名人のあまり世間では知られていない成功に至るまでの話


を初めとして、様々な人の人生の話がほとんどだった。山崎は最初は嫌々聞


いていたが、次第に興味を持つようになった。その人の滑稽な話や挫折等、


今まで聞いたこともない刺激的なものだった。だが、それより驚いたのは、


善永の卓越した話術と膨大な知識の量だった。こんな人がなぜ田舎にいるの


だろうと山崎は思った。まだまだ現役で活躍できる余裕はありそうなのに。


「善永さん、ちょっといいですか?」


山崎は善永に心を開くようになっていた。


「何だ?言ってみろ。」


「善永さんは・・・なんで俺みたいな社会の屑にかまったりするんですか?


あんたみたいなすごい人なら大企業の社長でもやってそうなのに。こんな何


も無い所に住むにはもったいないぜ。」


山崎が言い終えると、善永は押し黙ってしまった。が、しばらくしてその重


い口を開いた。


「君が社会の屑だと言うなら、僕はそれ以上の屑だ。」


「えっ・・・・・?」


山崎は困惑した。聞いてはいけない事を聞いてしまったかと思った。


「僕はまず謝らなければならない。君を騙していた。確かに今君が言っ


た通り、僕はある企業の社長だった。だが、今は違う・・・」


そこで一息いれて、少しかすれた声で言った。


「僕は犯罪者だ。殺人を犯した」




  3、別れ



  善永が言うには、殺したのは少女だったらしい。その時偶然通りかかっ


た人に目撃され、逮捕された。だが、証拠不十分で無罪となり釈放された。


それでも、周りの人々や特にその少女の保護者からの疑念を取り払うことは


出来ず、逃げるようにこの町に引っ越したそうだ。なぜそんな事をしたんだ


と尋ねると、むしゃくしゃしてやったという曖昧な理由だった。


「そういう訳だ。本当にすまない。僕が言えたことじゃないが、君は真面目


に生きなさい。でしゃばって間違いを犯すよりはいい。一生後悔することに


なるからな。こんな事・・・話すべきじゃなかったかもしれないが君には本


当のことを言っておきたいと思ってね。いろいろ話せて楽しかったよ。で


も、もう僕とは関わらないほうがいい。」


「なんで謝るんだよ。もう反省したんだろ?もっと話を聞かせてくれよ!」


「反省すればいいものじゃない。君はまだ若い・・いままで聞かせた僕の話


を生かして立派な社会人になってくれ。会うのは今日で最後にしよう。」


そう言い残して、善永は立ち去った。家は斜向かいなのに、やけに遠くに


あるような気がした。


それから、1ヶ月後に善永さんは亡くなった。



  4、真実



  善永巧の葬式に山崎も参列した。わずかな間だったが、多くの事を彼か


ら学んだ。尊敬さえしていた。山崎は染めていた髪をもとに戻して、身なり


も整えて、サボっていた高校にも通うようになっていた。葬儀は隣町の大き


なホールで行われた。そこで、山崎は信じられない光景を見た。善永はもと


もと会社の社長だったとはいえ、もう既に辞めている身だった。にもかかわ


らず、参列者の多くはその社員だったのだ。無罪ではあったが、殺人の


疑いのあった人物の葬式にわざわざ出向くことがあるんだろうか。


式が一通り済んだ後に、山崎は参列者の一人の女性に声をかけられた。不覚


にもびくっとしてしまった。式の間はほとんどうわのそらで、話しかけられ


るとは思ってもいなかった。


「あなたが山崎巧さんですか?」


「は・・・はい。」


山崎は思わずその女性に見とれてしまっていた。端整な顔立ちで、肩まで伸


びた栗色の髪が印象的だった。


「私は善永巧の妻、善永さゆりと申します。夫が前によく話しをした高校生


がいるといっていたものですから・・・。夫がお世話になりました。」


さらに山崎は驚かされた。善永には妻がいたのだ。どうして殺人をした人間


となどと暮らせるのだろうか。事情を知らないのかそれとも・・・。


「夫からなにか聞いたのですね。」


どうやら疑いが顔にでてしまったらしい。


「あの人おせっかいだったでしょう?困ってる人を見ると動かずにはいられ


ないのよ。だからあの時も・・・」


「もし・・・よかったら彼の話を聞かせてくれませんか。このままじゃ納得


できません。」


「ええ・・・かまいませんよ。」


彼女の話はこういうものだった。善永巧は被災地で活躍するロボットを開発


する会社を立ち上げ、成功した。まさに人の命を救うための仕事だった。彼


はとても満足していた。そんな人生の絶頂期に二人は出会い、結婚した。全  

てが幸福に満ちあふれていた。だが、彼の人生には落とし穴が待ってい


た。彼は川で溺れていた少女を助けようと泳いで向かっていったが、普段ろ


くな運動をしていなかったせいか、少女のもとにたどり着くまでに時間がか


かりすぎた。そのせいで、つかんだときには少女は動かなくなっていた。彼


は絶望して、そこで諦めてしまった。あの時諦めなければ、と彼は何度も後


悔していたらしい。川岸に上がる時彼は少女を引きずった状態だった。


もう助からないと思っていたし、抱えてやれるほどの体力もなかった。


不幸なことに通行人が眼にしたのはその悲惨な光景だけだった。


そして、通行人が下した判断は「男が少女を溺死させた」という追い討ち


をかけるようなものだった。彼は世間では「犯罪者」とされた。


裁判では、彼は自分が少女救うために努力したことを訴えた。だが、話して


いる内にそれはただの言い訳にすぎないものだと悟った。主張が認められ、


無罪が確定したが、その後の彼はよくこう言うようになった。自分があの少


女を殺したんだと、人を救うための「物」は作れても、自分の力では人一人


救うことができないんだ、と。しかし、彼は悩んだあげく一つの答えにたど


りついた。一代で築いた会社を辞め、今まで稼いだ財産を元手に自らボラン


ティア活動を始めた。彼は償いに人生を捧げることを決心したのだ。


これからの永い人生は善い行いに全てをかけるのだと、自分を戒めるために


「善永」と改名した。


その後の彼の活動では被災地に自ら立ち寄っては今まで培った技術や知識を


生かして多くの人の命を救った。それでも決して満足せずに、今度は町に出


ては不良の少年少女に声をかけるようになった。彼らに人生を諦めてほしく


なかったから。いつでもやり直せることを教えたかったのだ。しかし、皮肉


なことに彼の死因はそこにあった。喫煙をする中高生に何度も注意をしてい


ると、その度に受動喫煙をしてしまう。彼は喫煙の習慣はなかったので、そ


れしか要因がなかった。彼の死因は肺がんだった。


それを聞いて山崎は後悔の念にせきたてられた。自分達のようなだらしない


人間が彼を死に追いやったのだと。


「・・・これが私の知る彼の人生の全てです。あの人は・・死の間際まで心


を安らげようとはしませんでした。少し・・臆病だったのかもしれません」


「臆病なんかじゃありませんよ。確かに原因は少女の死だったけど、人を救


うことに誇りを持っていたんだから、そう言う意味では充実した人生だった


んじゃないかな。」


「そうですね・・・。ありがとうございます。」


「いえ、お礼を言うのは俺のほうですよ。わざわざ話していただいて有難う


ございます。それでは・・・あっ、最後に一つよろしいですか?」


「何でしょう?」


「あの社員達はどうして善永さんの葬儀に来たんですか」


「あなたもそうだったように、夫には何かしら人を惹きつける魅力があった


のよ。信じているの、彼のことを。それだけは言えるわ。」


「幸せものですね、あれだけの絆があるなんて。・・・それじゃ俺はここで


失礼させていただきます。」


善永さゆりと別れを告げ、山崎は帰路についた。その道を谷間から射す夕日


が照らしていた。まるで、彼のこれからの人生を示しているかのように。

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