2柱ガラスの神
実際の時間で換算したらほんの数秒であろうか、家の前につくなり調査対象へと歩みを進める。
「失礼しまーす。」
そういうと家の中から齢60くらいの男性が顔を出した。
「神守の方ですか、よろしくお願いいたします。」
軽く会釈をし、ガラスへと向かう。
ちょうど掌に収まるくらいの大きさの円盤のようなものを取り出すとそのままガラスへと向け、手とガラスで挟むように押し込むとその刹那、黎はガラスに吸い込まれるように消えて行った。
目を開くとそこはなにも存在しない真っ白な空間だった。
「神守の人間か?」
声こそ大きくないが体に響き渡るような重い言葉が聞こえる。
「そうだ。ガラスに何度も影が確認されたから来た。」
そう答えると背後から声が聞こえる。
「以前の神守と比べて随分無礼な奴だな。名を何という。」
「神名黎だ。父ほど真面目な人間じゃないんでね。」
振り向くとそこには全身真っ白な毛の生えた獣人のような生き物がいた。
『なんか、ガラスの神って感じしないな』と言いそうになったがどの神も大して変わらないと思い、そっと言葉を飲み込んだ。
「まぁ、座れ。」
その一言を言い終えると同時にガラス製の椅子が形成されていき、互いに腰を下ろす。
「名前をまだいってなかったな、イアリだ。」
「じゃ早速だがイアリ、神界で何かあったのか?」
影が映るということはこの空間で何か起きたということだろう。
ここに住んでいる人もそんな活動するわけではないし塀に囲まれているため通行人の可能性も低い、となると考えられるのは神界で何か起きたというパターンだろう。
「いや、何もなかったぞ」
目を丸くする。
「何もないことはないだろ!異変を確認してきてるんだ。」
つい声を荒げる。
「そんなことを言われてもな、最近はずっとここで外界に語りかけてたくらいしかしてなかったぞ。」
「外界に語りかける…?」
「我もそろそろ限界でね、力もなくなってきた上に欲もなくなったからな。欲のない神なんぞ生きていても仕方がないからな。」
頭を抱え、大きなため息をつく。
「転生の準備が必要ならそんな回りくどいことしなくても直接申請する力くらいあるだろ!」
何もなく良かったが、こんなことのためにわざわざ来たのかと思うと気が遠くなる。
「申請でもよかったんだが最後くらい誰かと会って話したくてね。」
「まあいい。とりあえず転生の準備が必要ってことだな、手続きはしておく。」
そう言い立ち上がろうとすると、イアリが口を開く。
「そう急ぐな、折角来たんだ。もっと話していかないか。」
「俺もそう暇じゃないんでね、それに話し相手ぐらいなら作れるだろ。」
気にせず戻ろうとするもまたも引き止められる。
「実際の人間と話すほうが何億倍もいいさ、命あるものとの繋がりはいいぞ。それにお前さんには、何かしたいこともないんだろ?」
返す言葉がない。事実俺には欲なんてものはないし一言でいえば薄情な人間だ。
「すべての生き物には欲がある。神々は特に欲に忠実だ。お前さんも気付いてないだけで本当はあるんじゃないか?我はその欲がもうない、それは神ではなくただの生きてる物、神の創造物と同じだ。」
「人間なんて弱い生き物だ。欲を持ったってそれが叶うとは限らないし持つだけ無駄だ。生きてはいても死と隣り合わせなんだ。神とは違う。」
風が吹いたらかき消されてしまいそうな小さな声でつぶやく。
「それがあるから人間という生き物は面白いし一喜一憂すべて含めて人生だ。欲が欲しいというのも一つの欲だぞ、人間は神よりも素晴らしいものを持ってる。」
「俺には死んでもわからないだろうな。」
「そうとも限らないぞ、ふとしたことで気づくこともある。いつかわかるさ。」
そう言い立ち上がると、椅子は崩れ落ちイアリはまた姿を消した。
「時間を取らせたな、人生を楽しめよ。」
「記憶の片隅にとどめておくよ」
そう言い残すと再び円盤のようなものを取り出し、右手で砕きはじめた。
次に目を開いた時にはそこはガラスの目の前であった。
家主に挨拶を済ませ、一息つくと
「今日は歩いて帰るか。」
そう呟き帰路へつく。