Magic5 魔法少女の記憶
「……じゃあ、僕の死体すら残ってないのは、どうしてだ?」
「元からそんなもの、なかったことになったんだよ」
一瞬、時間が止まった気がした。
「ディスペアとの戦いで起こったことは、みんな最初から世界になかったものとして扱われる。死んだ人、壊れたもの、それらは全ての人の消える。それに、助かった人たちだって、ディスペアに襲われたことも、それを倒した戦士がいたことも、何も覚えてない。ただ、例外はあるけどね」
「……例外?」
「君が言うところの、魔法少女だよ。ディスペアを倒す力を持つ者だけは、なくなったものを全て覚えている」
「そんな……」
恋夜が死にたがっていた理由が、わかった気がした。
「そんな残酷な運命を、なんで恋夜みたいな子に背負わせたんだよ……!」
「いやいや、逆だよ。レンヤみたいな女の子だったからこそ、ボクが選んだんだ。あの子は人一倍優しいかったからね」
考えてみればわかることではある。彼女は誰よりも優しかった。だから、辛いことを全部1人で背負おうとして……できなかった。彼女はあくまで、普通の少女だった。辛いことから逃げたいというのも、普通のことなんだ。
「……ああ、だからこそ、僕に全てを託したんだろう。偶然かもしれない、でも、僕を選んでくれた。僕を守ってくれた花咲恋夜の人生を、僕がこれから守っていく」
それが僕の役目だから、と心の中で付け足しながら、拳を握りしめる。
「なるほど、体に記憶があるとはいえ、初戦闘であそこまで戦えたのもよくわかるよ。君の愛は本物だ。改めてよろしく、レンヤ。そして、愛の魔法少女ラヴァーライオ」
「よろしくな、レイル」
この日から、僕は魔法少女になった。
翌朝、目が覚めると、そこは女の子の部屋だった。考えてみたら当たり前だ。僕はもう、野崎漣矢ではないのだから。
昨日はあの後、そのまま恋夜の家に帰り、いつのまにか眠っていた。その間にご飯を食べたり、お風呂に入っていたりしたと思うけど、疲れていたせいかよく覚えていない。
「恋夜ー、もたもたしてると遅刻するわよー」
「はーい」
恋夜の母は、僕のことを恋夜だと認識しているらしい。普通なら、ある日突然娘の人格が赤の他人に変わってるなどと思うはずもない。それとも、恋夜の魂も存在しなかったことになっていて、僕が恋夜だったことになっているのかもしれない。
それから体が覚えている通りに、学校の支度を済ませた。女の子の身体で勝手に着替えてしまうのは少し罪悪感があったけど、少し寝坊気味だったので躊躇っている暇も、ましてやドキドキしている暇もなかった。そのまま、体が覚えている通りに学校まで走った。
「おーっす、恋夜がそんな走ってるなんて珍しいなぁー」
校門のあたりで悠々と歩いている少女が声をかけてくる。恋夜の記憶によれば、八重歯がチャームポイントのこの子は柊霧華。恋夜の親友である。
「霧華ちゃん、よくそんなにのんびりできるね」
「まあなー、この調子でいけば間に合う。アタシが保証しよう!」
「さすが、いつもギリギリに着いてる子は説得力が違うわ」
この身体が持つ記憶のおかげであろう、友人相手でもこうして自然に振舞えてしまう。家族にすら気づかれないし、きっと普通に生活していく分には不自由しないだろう。
「ところで……お前誰だ?」
「えっ?」