ウィンザー伯爵家の姉妹
「シャロン。どうか私と結婚してくれないか?」
美しい男性に跪かれ、愛を告げられるのは、女の子であれば誰もが夢見るシチュエーションであろう。
だが、しかし。
「..........マリオン様、あなたは姉の婚約者のはずですわよね........?」
この目の前で私の手を取るのは、アンバー伯爵家の次男、マリオン様。
姉エルザの婚約者である。
「今はまだそうかもしれないが、私の心はあなたに惹かれてしまった。これ以上、自分の気持ちを偽るのはエルザにもあなたにも不誠実だと思った。
あなたも同じ気持ちだろう?私達の愛を貫こう!」
ちゅ、と手の甲に唇を落とす。
ひぃぃぃぃぃーーーーーーーっっっっ!!!!!
むむむむむむむ無理ぃぃーーーーーっ!!!!
何何何なんなのー!?きーもーちーわーるーいぃー!!!
というか、まだって何だ?まだって!
婚約中に他の女に求婚している時点でどちらにも不誠実極まりないだろうっ
姉の婚約者だからと失礼のないようにしてきたつもりだけど、いつ!私が!あなたに好意を示したと!?
突っ込む事が多すぎするわっ!!!
はっ!落ち着けー落ち着くのよ私。
こういうのは刺激してはいけないって何かの本に書いてあったわ.......そうよ!先日お姉様が貸してくれたあの雑誌の特集記事!ってあら?お姉様タイミング良すぎではないかしら?
........あら?
い、いえ、それよりも今はこの目の前のコレをなんとかしなければ!!
頬を引攣らせながらも笑みをつくり、そぉーっと自身の手を彼から離す。
「.........お互いに誤解があるようですわ。マリオン様のお気持ちにも、それからマリオン様が思っている私の気持ちにも.......」
お互いというかお前な!お前のだけな!!
「そんな事はない!私を見つめるあなたの目には、私への想いで溢れていたではないか!そして時折寂しそうにエルザと私の姿を眺めて......そんなあなたの健気な愛に私は惹かれたのだから!」
うぇぇーー??私なの??私のせいなの??
想いなんてないから溢れないし、寂しく眺めてなどいない。
え、視力が悪いの?頭が悪いの?都合の良いように変換されているのは目のせいなの?頭なの?頭だわね!きっと!
あーどうしようこれ。
本格的にやばいやつだ。
思わず遠くを見つめる。
するとマリオン様は何を思ったのか、立ち上がり距離を詰めてくる。
手を伸ばし、私の頬に触れようとしたその時。
バァーンッと勢いよく部屋の扉が開いた。
お姉様ーーーー!!!!!
「一体これはどういう事ですの?マリオン様!」
姉のエルザはマリオン様と私の両方を交互に見た後、すぐさまマリオン様に詰め寄った。
ぐいっと肩を抱かれる。
「すまない、エルザ。私は.....シャロンを愛してしまったんだ。僕達は愛し合っている。だから君との婚約は解消させてもらいたい。」
ひぃぃぃぃぃーーーーーーー!!!!
触られた所から一気に鳥肌が立つ。
「........それは本当なの?シャロン?」
「い、いいえ!お姉様!愛し合ってなどいません!本当です!こんな人本当の本気で嫌です!!お願いしますーーーお姉様ぁぁーーお願いですから信じてくださいぃーーーー!!」
マリオン様を振り切り、必死で泣きながら姉に縋りついた。
そんな私の肩に手を置き、目線を合わせて微笑むお姉様。
.......この顔は.....まさか。
「婚約の解消、承りましたわ。父にはわたくしから話しますので、どうぞそちらはそちらでご報告お願い致します。それから.......妹の事はどうやらあなたの勘違いのようなので、これからは一切近づかない、関わらないようにお願い致しますわ。」
「な、な、なっっっ.....!ち、違う!私はシャロンに騙されたんだ!婚約解消はしない!その女が悪いんだ.....ひぃっ!!」
言い終わらない内に、近くにあった燭台をマリオン様に向かって振り下ろすお姉様。
「関わるな、と申し上げましたの。」
燭台の先を向けて微笑むお姉様に顔を青くしながら何度も頷き、マリオン様はバタバタと出て行った。
「よくやったわシャロン。さすがわたくしの妹。」
「お姉様ひどいわ!!ご自身で断ればいいのに巻き込んだのね!最近やたらと私がいる日にあの人を家に招いていたのはこのためだったんでしょう!?」
「そうよ。シャロンは可愛いからちょうど良かったのよ。あの男、調べれば調べる程ろくなものじゃなかったけど、こちらから断れる縁談じゃなかったんだもの。」
私にとってはお姉様もろくなものじゃない!
実の妹をダシに使うなんて酷すぎる!
「ご褒美にシャロンの行きたがっていた観劇のチケットがあるのよ。一緒に行きましょう?」
ふん、そんな事で許してやるもんですか。
すごく恐い思いをしたのだ。
やっていい事と悪い事がある。
「帰りにケーキも食べましょう?今すごく並んでるお店、わたくし予約したのよ?」
だ、騙されない....
「........もう、わたくしと話す事も嫌........?」
く、くそぅ.......!
「もうっ!やじゃないわよっ!けど二度とあんな事はやめてよね!!あとケーキは二つ食べる!!」
「シャロン.....!よかったわ.........」
チョロい妹で。
「お姉様?何か言った?」
「いいえ?さぁ、出かける準備しましょう!」
ウィンザー伯爵家の姉妹は仲が良いと、近所でも社交界でも有名だ。
しかし、腹黒い姉に毎度振り回されながらもいつも絆されてしまう妹がチョロいという事は家族だけしか知らない。