九十四話 新生竜人王国、名前はまだない
「あのさ、久しぶりに外に出られたのに、洞窟の中ってどういうことなの? おとうさん、もしかしてこれ嫌がらせ?」
「ねえねえ、夏梛。あっちが明るくなっているから、きっと外だと思うわ。文句言ってないで行くわよ」
「あ、ペアチェちゃん待ってよ、今行くよ」
『いやいや、待て夏梛。我は連れて行かなくても良いのだぞ――』
馬車を展開させて、セイラと竜人族の首長を外に転移させて貰った。
その後で、夏梛とペアチフローウェル、オルフェナも外に出てきた。出てきたはいいが、さっそく苦情を言われた。解せぬ。
ともあれ無事、馬車の外で動けるようなので、ちゃんと世界が修復できたのだと思う。なんとも、あっけない。
ちなみに竜人六人は、全員が筏に乗って待っている。正直、筏のサイズもそうだけど、ここの洞窟の天井が高くて本当に良かった。三十メートル級の竜人四人と百メートル級の巨人二人が立っても頭が付かないようだ。
いや、そもそもこの沈まない筏も凄いのか……。
篤紫達が乗るとあっさりとオーバーサイズだったのに、竜人達が乗っているとサイズに全く違和感がなかった。
「それじゃあ、世界の修復は終わっているみたいだから、さっそく竜晶石を魂地化させてもらえるかな?」
『いいけど、誰がやればいいのかしら』
「誰でもいいと思うよ。どのみち、領地ごと魂根があるから、全員が魂地に魂根を接続させないといけない。早いか遅いか程度の違いしかないはずだよ」
『分かった、それなら私が白竜族の代表として手続きするわね』
セイラが自分のスマートフォンを持って、背面を竜晶石に近づけた。筐体が竜人仕様でとても大きいので、下から見上げている篤紫たちにもよく見えた。
表示されている文字も、アイコンすらも大きい。
そう言えば、魂地を登録する時の画面って初めて見るんだっけ?
セイラの手の隙間から、画面に確認のポップアップが出ている。そこには『この魔源晶石を魂地化します。上位端末の魂根も同時に接続させます。よろしいですか?』って感じに書かれている。
たぶんスマートフォンを離すと、選択が消えるんだろうな。
画面に手のひらを被せるように持っていたため、セイラは慌てて画面が操作できるように持ち替えた。
あらためて確認のボタンにタップした。
竜晶石が輝き始めた。
白く濁っていた柱が透明になっていく。ゆっくりと白い輝きが伝播していった。
セイラが柱から離れると、次々に首長が背面を当てて認証作業を進めていく。触れるたびに竜晶石に色が付いていき、最終的に六色に輝く綺麗な柱に変わった。
「おとうさん、ただいま。外は岩ばっかりなんだね」
「ああ、お帰り夏梛。また竜人のみんなを大樹ダンジョンに入れてもらえるかな?」
「うん、いいよ」
「それならわたしもダークケートを繋げるわね」
夏梛とペアチフローウェルが再びゲートを開いた。手続きが終わった竜人達は、それがまるで当たり前であるかのように大樹ダンジョンに入っていった。
「なあ、桃華」
「どうしたの? 何か気になることがあった?」
竜人達がいなくなると、今度は桃華が巨大筏をキャリーバッグに収納し始めた。
地底湖に浮かんでいた巨大な筏が、小さなキャリーバッグに収納されていく様子は、いつ見ても不思議な光景だった。あとの湖面には、筏がなくなったことで少しだけ水面が波打っていた。
「いや……な、何で竜人族のみんなは、どうして当たり前のように大樹ダンジョンに入っていくんだろうな」
「決まっているじゃない、あそこでの生活が心地いいからよ。
ここの地下空間がいくら広大だからと言って、結局は地下空間であることに変わりはないわ。上を見上げても空が見えないんだもの。
それにここだと同じ竜人族なのに、肌色ごとに別れないといけないでしょう?」
「そうか、みんなで同じ場所にいられるってことか」
「そういうことよ」
篤紫は馬車を魔神晶石に戻し、ホルスターに収納した。
外では篤紫と桃華、ヒスイの他にしばらくぶりに夏梛、ペアチフローウェル、それにオルフェナが顔を合わせていた。
大樹ダンジョン内では二人と一匹も動けていたけれど、もともと旅をしていたのだから外界にいないと意味が無いからね。
「ねえおとうさん。久しぶりの外だけど、これからどこに行くの?」
「世界があっさりと元通りに戻ったから、本当はウルル目指せばいいんだろうけど……とりあえず、この上にいる残った白竜系の竜人族にコンタクトを取って、それからどうするか決めるってところかな」
「そっか、セイラちゃんの家族がいるんだもんね。
それなら、あたしとペアチェちゃんが飛んで上に行って、ゲートを下に繋げればいいのかな?」
「ああ、そうしてもらえると助かるよ。どうやって上に行こうか悩んでいたんだ」
全員で一旦洞窟から外に出て、岩棚まで移動した。そうして、崖を見上げる。
切り立った崖が、遙か彼方まで続いている。ここに梯子を下ろして貰うって言っていたけれど、そもそも篤紫たちに上れるサイズじゃないと思う。
ペアチフローウェルが背中にある黒い翼膜を大きく広げた。漆黒のドレスが風を受けてはためく。
ゆっくりと翼を動かすと、フワリと一メートル位浮かび上がった。
正直、片翼一メートルほどの翼で、何で飛べるのかが分からない。ここは魔法世界ならではなのだろうと、無理矢理納得した。
「それじゃ、頼むな」
「ええ、任せてくださいね」
夏梛とペアチフローウェルがスッと舞い上がり、絶壁の上へと飛んでいく。
本当は篤紫と桃華が飛べれば良かったのだけれど、どうやっても未だに新しい魔法は覚えられない。
どんどん小さくなっていく二人を見ながら、二人はそれぞれ小さなため息をいた。
『しかしお主らは本当に、未開の地を旅行する格好ではないな。
中世の貴族でも、もう少しそれらしい格好で旅に出ていたはずだ』
いや……オルフェナは、改めて言わなくてもいいと思うんだけど。
まあ確かに、いま飛んでいった二人も黒のロングドレスとピンクのショートドレス。隣の桃華は深紫のロングドレスだし、正直普通に見たら女性陣はおかしい。
まあ、篤紫にしても深紫のロングコート姿だし……唯一まとも何のが、探検家一式を着ているヒスイだけか。
「まあ、否定はできない……かな。
言い訳させて貰うなら、変身の魔道具は心の内に秘めた自分のイメージを具現化しているから、本人の意思じゃない場合が多いんだ。まあペアチェは思いっきり素のスタイルだけど……」
『それを含めての話だな。篤紫ならそれに適した魔道具が作れるであろう? ニジイロカネや魔鉄を使えば造作も無いだろうに』
「いやな……それ、両方とも素材切れなんだよ」
ヒスイを背中に乗せて篤紫の周りを回っていたオルフェナが、立ち止まって青をあげてきた。いつもまん丸の目が、さらに大きく見開かれたように気がする。
オルフェナの後ろを歩いていゴーレムも先頭が止まって、その後は止まるのが間に合わずぶつかって横に転けていた。コントかよ。
『どう言うことだ? あんなに大量にストックしてあっただろうに』
「この間ルーファウスにあげた鞄あっただろ? あの中に入れて、それをホルスターのポケットにしまっていたら、いつの間にか消えていたんだ。
ついでに、鞄の収納魔術も綺麗さっぱり無くなっていた。不思議な話さ。
お、ゲートが開いたぞ。白いケートだから夏梛のライトゲートだな」
『むう……それはまた、不思議な話だな……』
篤紫たちは、白く輝くゲートに足を踏み入れた。
王都は凄惨な状況だった。
岸壁の上から見た景色は、カルデラ状の地形になっていた。岸壁に囲まれた中心に、さっき魂地化した竜晶石が天井に向けて高く伸びている。
竜晶石の周りには干上がった湖があって、さらにその周りを囲むように街が形作られている。下で水を抜いた影響がもろに出ている感じだった。
その湖畔、ここからも見えるのだけれど、竜人達が呆然と湖なのか竜晶石なのか、一気に様変わりした景色を呆然と眺めているようだった。
遠目に見ても竜晶石は六色に光っていて、まるで虹色に輝いているように見える。
「あれは、さすがに気の毒だな……」
「下に行ったら、セイラさんと竜人族の首長さんたちに出てきて貰って、事情を話して貰った方がいいわね」
「ここ、すごいね。阿蘇カルデラと同じくらいの大きさがあるよ」
「夏梛が言っているアソカルデラっていうのが何かはわからないれど、竜人や建物が大きすぎるから、何だか狭く見えるわね」
『ペアチフローウェルよ、阿蘇カルデラはこの世界にもあるはずだ。あの島にも観光する地はいっぱいある。また篤紫に連れて行って貰うがよい』
うん、やっぱりみんながいると賑やかでいいな。
桃華とヒスイの三人で冒険したのも楽しかったし、大樹ダンジョンに入れば夏梛、ペアチフローウェル、オルフェナも普通に話ができた。
でもやっぱりせっかく世界を漫遊しているんだから、こうやってみんなで景色を楽しめるのが一番いいな。もっとも、ここからどうやって地上に戻ればいいのか、全く見当が付かないのだけど。
ちにみに、セイラと竜人族の首長さんたちを伴って湖畔に向かうと、呆然としていた白竜系の竜人族たちは、あっさりと大樹ダンジョンに移住することに了承した。
そもそも竜晶石を管理していた白竜族は、ナナナシアに異常が起きた時にいち早く状況を察知したようで、竜晶石の維持を切らすわけにはいかないと判断した。王位主張はある意味苦肉の策だったらしい。
それが今日になって突然、湖水が枯渇し、世界が元に戻り、挙げ句の果てに目の前で竜晶石が変質して自分たちの手から離れた。呆然と佇む気持ちも分かる気がする。
そんなわけで、全ての竜人達が大樹ダンジョン内に移住し、そこに国を興す話が完全に決定したようだ。
いや、いいんだけどね。
白崎家がまともに世界旅行ができないのは、今に始まったことじゃないから……。
こうして、竜人族全体を巻き込んだ騒動は、あっけなく幕を閉じた。




