九十二話 待って、それは想定外だよ
翌朝、篤紫と桃華は竜晶石を目指して草原を駆けていた。
周りは、徐々に岩が目立ってきている。セイラの話によると、竜晶石の付近はその周りを除いて、岩石が多くある山岳地帯になっているらしい。
いまも、徐々に勾配が付いてきている感じだ。
「まさか、最初にあげたプランの両方を使うことになるとは、さすがに思わなかったな」
いつも通り、篤紫のすぐ後ろをヒスイが付いてきている。篤紫が顔を向けたのに気付いて、コテンと首を傾げた。
「私も、いつもだったら気付くのだけど、完全に見落としていたわ。
それよりも可愛いイヤリングありがとうね。今度はこれに触れながら、衣装をイメージするだけでいいのよね?」
「逆にスマートフォンの画面を見ながら衣装を選べなくなったから、不便になったと思う。その辺は上手く使ってくれ」
「あら、着替えなら大丈夫よ。衣装アプリは消えていないみたいだから、デザインだけなら問題なく出来るわ。案外何とかなるものよ?」
桃華がナナナシアと電話できるように、急遽イヤリング型の着替えの魔道具を作った。いま桃華のスマートフォンには、神力キャンセラが填まっている。
自分のスマートフォンで話ができると分かった途端に、さっそくナナナシアに電話をかけていたのには、さすがに苦笑いを禁じ得なかった。篤紫が寝入ってからも、しばらく通話していたと思う。
しばらく走っていると、周りは完全な岩山になってきた。
竜人族の領都がある周りには草原だけでなく、深い森や大きな川があった。それを考えると、王として君臨できるとは言え、こんな岩しかないような場所に住みたい物なのだろうか。
少し離れた場所に小さい川はあるものの、巨大な竜人が住むには遙かに水量が足りないと思う。
遠くの方にうっすらと、白っぽい柱が見えてきたような気がする。
「うわぁ……」
半分くらい予想はしていたけれど、最後に待っていたのは見上げるほどの高さを持った絶壁だった。上を見上げると、絶壁の突端があるさらに向こう側に、真っ白な柱が遙か上空に向けて立ち上がっていた。
恐らくあれが、竜晶石なんだろうね。そのまま地下空間の天井を突き抜けて、ウルルとカタ・ジュタと言う形で地上に顔を覗かせているのだろう。
「これ、どうやって登ればいいのかしら?」
「タカヒロさんでもいれば、あっという間に上まで行っちゃうんだろうけどな。
取りあえず、平らな場所を探して魔神晶石の馬車を出してみようか。困ったときには中の人たちに聞けばいいと思うよ」
「そっか。そう言えば、竜人族の人たちがみんな中にいるのよね。これはヒスイちゃんのおかげね、ありがとう」
桃華がしゃがんで、ヒスイの頭を撫でた。ヒスイは何となく嬉しそうに体を揺らしている。
断崖の手前もかなりの急斜面だったので、しばらく壁伝いに回ってみたところで、馬車を展開できるだけの平らな場所はなかった。
仕方がないので、自分で平らな地面を作ることにする。断崖の側にある斜面に魔道銃で魔力弾を撃ち込んだ。魔力弾は斜面を抉って真っ直ぐ、空の彼方に突き抜けていった。
その後に、馬車を停められるくらいの広い空間ができあがった。
「こんな感じかな? ちょっとやり過ぎた感じはするけれど」
「ねえ、何かミシミシと変な音がしないかしら……?」
平らな面が出来たと喜んだのもつかの間、断崖側の壁にひびが入ったかと思うと、突然壁面が弾けた。水脈を穿っていたようで、壁に空いた穴から勢いよく水が噴き出してきた。
慌てて篤紫と桃華、ヒスイの三人は離れたところまで必死で走る。
「や、やばいな。どんどん穴が大きくなっていっていないか?」
「……え、ええ。そんな気がするわ。急いで逃げなきゃ」
水はどんどん勢いを増していき、周りの壁を削りながら濁流となって山肌を削っていく。まさにバケツの底が抜けたような状態だった。
山裾の方を見ると、水が混じった土砂が地面を削っていき、遙か遠くで扇状に広がっていた。
水しぶきが体を湿らせる。
体感で十分位、大量の水が流れ続けて、徐々に勢いが弱くなっていった。
あとには、直径二十メートル位の大きな穴ができあがった。
何となくだけれど、この断崖の上にある世界の地形を変えてしまったような気がする。いわゆるやり過ぎたというやつか。何だか上に行きづらい。
もっとも、誰が穴を開けて水を排水したのか分からないだろうから、とりあえずは放置の方向でいいとは思うけれど。
改めて、断崖から少し離れた場所に魔道銃を撃ち込んで平地を作り、そこに馬車を展開した。
ちなみに今回は何も問題が起きず、ちゃんと成功した。たぶん。
展開した馬車には、いつも通り魔神晶石を御者台に填め込んで、後ろのドアから大樹ダンジョンに入った。
『上に登る方法ですか……実は、上から梯子を下ろして貰う以外に、上の王都に行く術がないのですよ』
篤紫の質問に、黒竜族のフェイメスが申し訳なさそうに頭を下げた。考えてみれば、身内だけで話していたため、肝心の竜晶石がある中心地について何も聞いていなかった。
「どうりで登るための足がかりがないわけだ……が、ナニコレ?」
竜人族達がいる場所に向かうと、再び五人の竜人族首長と、白竜族首長代理であるセイラが大きなテーブルを囲んでいた。篤紫達が来る前に、既に何か話し合いをしていたらしい。
テーブルの上には篤紫達のために専用スペースが設けられていて、椅子と机が置かれていた。夏梛とペアチフローウェル、それにオルフェナが先にいて、お茶を飲みながらくつろいでいた。
当たり前のようにテーブルの上に乗ったのだけれど、篤紫は首を傾げていた。
いつの間に、こんな巨大なテーブルと椅子を用意したのだろう?
確か朝出発する時には、ここには何もなかったはずだ。わずか半日足らずのうちに、ここのダンジョンで何が起きているのか……?
「あの、さ……この机と椅子は、どこから持ってきたんだ?」
『ああ、これか? 少し前にみんなで作った物だな。
今朝方、そっちにいるヒスイ殿に木を切って材木にしていいか聞いたら、いいってい言ってくれたんだ。
びっくりしたぜ。枝を切り落としてしばらくしたら、あっという間に切り口が盛り上がっていって、元の枝に戻ったんだぜ』
赤竜族のシューレッハが上を指さしながら、いい笑顔を浮かべた。
つられて篤紫も上を見上げると、枝の先端の方が途中から新しくなったのか、木肌が綺麗な色に変わっていた。
「そうなのか、ヒスイ?」
横に佇んでいるヒスイに顔を向けると、首を縦に振ってきた。
あらためて上を見上げる。
枝――と表現したけれど、直径からするとあの枝ですら、大木の幹くらいの太さがある。単純に今篤紫たちが乗っているテーブルが、枝を輪切りにした物だとすると、直径だけでも五十メートル近くはある。それも、かなり先端の方を切ってだ。
つまり、先端にある枝の直径が、既に五十メートル近くある時点で、ここにそびえ立っている大樹は、意味が分からないレベルの巨大樹だということだ。
あらためて周りを見ると、大樹ダンジョンに入って少し離れた場所に、巨大な家が建ち始めていた。
「ちょっと待って、みんなここに住むつもりなの?」
『ええ、会議の結果そういう話になったのよ。夏梛殿に聞いて、桃華殿に確認を取って貰ったら、いいって返事もらえたみたいなのよ』
篤紫の問いに答えてくれたのは、青竜族のセイラーナだ。
普通に会話しているけれど、感覚としては空から声が降ってくる感じで、とっさに声がした方向がどっちだか分からなかったりする。
「えっと……そうなのか、桃華?」
「ええ。せっかくこれだけの広大な土地があるのだから、竜人の方々に利用してもらうのが一番じゃないかしら。
ちょうど巨大牛もいるし、その飼育管理もお願いしたいと思ったのよ。
ヒスイちゃんも、ここの空間をうまく使って欲しいみたいだし」
「いやまあ、問題はないけれど……」
すっとヒスイに顔を向けると、しきりに頷いている。
考えてみれば、確かに合理的ではある。
この大樹ダンジョンは完全にオープンワールドで、形としては大地は球体になっている。特に意識はしていなかったけど、ダンジョンなのだからある程度地形をいじることもできると思う。
竜人族のみんなが生活するのには、全く問題がないのか。
ただ完全に、この状況は想定外だ。
『そういうわけで、我々竜人族を末永くよろしく頼みます』
『『『『『よろしくお願いします』』』』』
竜人族の首長達に一斉に頭を下げられて、駄目だとは言えなくなってしまった。
こうして、不思議な空間に、不思議な竜人の国が誕生した。




