七十七話 帰還
「ナナナシア、携帯できるダンジョンがあれば問題ないんだな」
「だから、この世界にはダンジョン無いんだよ? コマイナちゃんでも連れてこられれば問題は解決するけれど、物理的に無理なんだからね」
「分かっているって」
篤紫はナナナシアをヒスイの手のひらにのせた。一瞬ナナナシアが引きつったような顔をしたけれど、ヒスイの本質が理解できたからか、手のひらの上で謝っていた。
篤紫はホルスターのポケットから、馬車と大樹の魔石を取り出した。その途端に、ヒスイの方を見ていたナナナシアがものすごい勢いで振り返った。
「あああ、篤紫君。そそ、それ……ど、どこで手に入れたの?」
「いや、ナナナシア。とにかく落ち着けって。さっきからお前らしくないぞ?
この魔石は、そこのヒスイが翼竜の魔石を改変して作ってくれた魔石だよ」
「ちがうよ、それは魔石じゃ無いのよ。幻の魔神晶石だよ」
何だろう、またやっちゃった感じなのか?
篤紫がヒスイの顔を見ると、首を横に傾げてきた。どうやら、ヒスイ本人も何だか知らずに、篤紫のイメージした物を作っただけらしい。
「もしかして、既にその所有権って篤紫君が持っていたりする?」
ナナナシアの質問に、ヒスイがコクコクと頷いている。どうやら所有者、いわゆるダンジョンマスターは篤紫になっているようだ。
「それにヒスイちゃんって、よく考えてみたら暴虐の魔神ジェイドなんだよね……もう、意味分かんないわ」
あ、ナナナシアがまた膝を抱えちゃった。
とりあえず馬車と大樹の魔石、改め魔神晶石に魔力を流して広場に展開させた。御者台の定位置に魔神晶石を嵌めると、馬車が起動したようだ。
レイスが馬車裏に歩いて行って、扉を開けた。そのままレイスは、篤紫に手を振ると中に入っていった。
『篤紫。夏梛とシャーレはすぐに目が覚めるはずよ。とりあえず後のケアはお願いね』
「ああ、任せろ」
ペアチフローウェルはしっかりと頷くと、軽い足取りで馬車の中に入っていった。その後を、何故か手のひらにナナナシアを乗せたまま、ヒスイが続いていった。
ナナナシア、気づいていないな……まあいいか。
「あ……う、うんっ……おとうさん?」
「……あ、私、気絶していたのですね」
扉を閉めて、魔神晶石に戻したところで、夏梛とリメンシャーレが気がついたようだ。ゆっくりと立ち上がった。
「二人とも、準備はいいか? 今から桃華の世界から、元の世界に戻るぞ」
「えっ、いつの間にか帰る方法が分かったの? みんなは?」
「レイスとペアチェ、ヒスイと何故かナナナシアも馬車の中、大樹ダンジョンに入ったよ。あとは、この魔神晶石をホルスターのポケットにしまうだけだ」
「あ……つまり、二重に隔離することで、バグを遮断させるわけですね」
「恐らく、そういうことだな。さ、いくぞ」
お互いにうなずき合う。
篤紫が魔神晶石をホルスターのポケットに入れると、三人が光り輝き始めた。
程なくして、その場から三人が消えていなくなった。
気がつくと、桃華が寝かされた魔道台の周りに立っていた。桃華を挟んで向かい側に、夏梛とリメンシャーレもいる。
そして篤紫達の周りには、出発した時と同じ状態でみんなが立っていた。
「え……もう戻ってきた。てことは、失敗したのです?」
一番近くにいたコマイナが、泣きそうな顔で呟いた。篤紫はその言葉に、しっかりと横に首を振った。
「桃華のバグは、全て取り除けたよ。じきに目が覚めると思う」
ミュシュを抱きかかえたカレラ、シズカ、ユリネ。それにオルフェナを抱っこしているタカヒロを順番に見た。いや、タカヒロはまだオルフェナを抱っこしているのか……ヤバい、笑っちゃいけないシーンだ。
「それで、桃華さんはもう問題ないのですか?」
笑っちゃいけないタカヒロが、オルフェナを抱っこしたまま近づいてくる。篤紫は思わず夏梛の方にアイコンタクトを送った。
「タカヒロおじさん、オルフェナ預かるよ」
「ああ……お願いします……」
少し寂しそうなそぶりを見せながらも、タカヒロは夏梛にオルフェナを手渡した。これでやっと話ができる。
「時間の動きがおかしかったようで、俺たちは既に十四日程中で過ごしているんだよ」
「そんなまさかね、まだ篤紫さんが中に入ってから何も時間経過していないわよ」
ユリネが首を傾げる。ただ実際にそうなんだよな。
時系列で話をすると、始めは感心していた待機組は、途中から苦笑いを浮かべていた。
確かに桃華の中とはいえ、あっちの世界を縦横無尽に荒らし回ったようなもんだもんな。ついでに、たくさんの住民を外に連れてきたという、それこと滅茶苦茶なことをしている。後悔はしていない。
「それで、その住民達はどちらにいるのですか?」
「桃華が起きてからと思ったけれど……先に出すか」
ここの魔道具研究室は、床面積をかなり広くとってあるので、ちょうど奥の方のソファーとテーブルを動かせば展開できそうだった。
桃華の様子をもう一度確認する。静かに寝息を立てたまま、まだ起きる気配がなさそうだ。
ソファーとテーブルを収納して、魔神晶石を取り出した。魔力を流すと、煌びやかな装飾の馬車が現れた。いつも通り、御者台に魔神晶石を填めた。
同時に、後部の扉が開いてナナナシアを手に乗せたヒスイが飛び出してきた。そのまま篤紫の側まで来て、篤紫の顔を見上げてきた。
「ふむ、無事に問題が解決したようだな」
続けて出てきたレイスに、まずシズカが陥落した。
うん、確かシズカも例の本を持っていた気がする。おそるおそる出てきた王妃ユリディナーレと、王女メルディナーレを見てさらに飛びついて二人を困惑させていた。
「これが外の世界? 違うわね、まだ室内みたいね」
外に出たことで何かの制限が外れたのだろう、ペアチフローウェルの声が変わった。
「えっ、嘘っ。悪魔族もみんないるの?」
大樹ダンジョンを覗き込んだユリネが、悪魔族の集団に吹っ飛んでいった。確かに、ナナナシアの悪魔族とは違って、本当に異形の悪魔達だからね。好きな人には堪らないと思う。タカヒロすらも、ちらちらと中を見ている。
「うっ……うん……」
桃華のうめき声が聞こえて、慌てて篤紫は桃華の元に駆け寄った。
うっすらと目を開けた桃華は、眩しかったのか何度か瞬きをしてから、ゆっくりと上体を起こした。その背中を、篤紫が支える。
「ごめんなさい、たくさん迷惑をかけちゃったわね」
そうして微笑んだのは、篤紫が知っているいつもの桃華だった。
「ごめんな、俺が無茶をしたから桃華に負担をかけた」
「いいの。必要なことだったのよ。娘達のためじゃない、親ってそういうものでしょう?」
「そうだな、コマイナも無事だ。桃華の問題も解決できた。結果的には何とかなったと言うことか」
そんなコマイナは、タカヒロと今後の打ち合わせをしているようだ。恐らく、都市ダンジョンのコマイナまで、全員連れて行くことになるはず。
コマイナ都市の半分が空いているので、あそこに移住してもらうのが一番いいのかもしれない。
「中にいるときも、ずっと見ていたわよ。相変わらず、篤紫さんの行くところは、どうやっても普通に過ごせないのね」
「ははは、そんな感じだ。それより、もしかして桃華に負担をかけていたか?」
「大丈夫よ、あそこはそもそも次元が違うのよ。でも、少し前に私の意識が戻る時、世界自体が消えてしまったわ」
案の定というか、篤紫が冒険したあの世界は、全てが無かったことになったようだ。篤紫と一緒に外に出てきたアーデンハイム王国の民と魔王国の民は、結果的に命を繋いだことになった。
アーデンハイム王国の民と魔王国の民は、コマイナ都市で受け入れる話でまとまった。タカヒロが向こうにいる魔王のサラティと連絡を取って、こっちの準備が整い次第向かうことになった。
考えてみれば、こっちに戻れば魂樹で連絡が取れるんだった。
氷船を魔術で飛べるように改造して、空路でいけるようにした。本当は、空は飛ばせたくなかったんだけれど、緊急だから仕方ない。
その氷船には拡張した商館ダンジョンを乗せて、アーデンハイム王国の民と魔王国の民に全員入ってもらった。コマイナとはここでしばらくお別れだ。
タカヒロ、ユリネ、シズカ、それにカレラとミュシュが氷船でコマイナ都市に、リメンシャーレもシーオマツモ王国にあるキャッスルコアに変化があったため一緒に旅立っていった。
篤紫達は、飛んでいく氷船を、空の彼方に見えなくなるまで見送った。
「行っちゃったな」
「そうね、少し寂しくなるわね」
「次は、エアーズロックを見に行くんだよね? そうだよね?」
「この世界は初めてだから、楽しみよ」
「うん、ペアチェも一緒に行こうね」
『ふむ……相変わらず、もの凄いメンバーだな……』
そして、観光メンバーにペアチフローウェルが残った。
「まあ、馬車と馬はあるから、ゆっくり以行こうか」
篤紫と桃華が腕を組み、夏梛がペアチフローウェルと手を繋いで空を見上げている。オルフェナに乗ったヒスイが、ゴーレム五体を引き連れて散歩し始める。
久しぶりに、家族水入らずの旅行になりそうだ。
『あの……私も一緒に行っていいかな……?』
そして何故か、ナナナシアが実体化したまま残っていた……。
ここで桃華の世界編が終わります。
次はいよいよ、アウスティリア大陸の内陸に向けて出発します。
たぶん、またトラブルが続くのでしょうね。
相変わらず不思議で異質なメンバーとともに旅に出ます。
まずは、ナナナシアの問題ですね……。何故実体化したままなのか。




